虎之介と連れ立った時、さして目的の無い場合、そして近くにあった場合にはゲームセンターに立ち寄る事が多い。吉田自身も大きな画面でゲームが出来るというのは楽しいし、しかしどちらかと言えば虎之介がゲーム、所謂音ゲーとかUFOキャッチャー系に興じているのを眺めている方が多いような気がする。
 あくまでプレイする事が目的で、虎之介手に入れた景品にはあまり執着が無いようだった。お菓子系なら山分けして食べ合える事も出来るが、この手の景品で多いぬいぐるみ等は大抵が取った本人以外の手に渡る。今日は、吉田がその役目を担った。
 繰り返し言うが、虎之介はキャッチャーゲームがしたいだけで景品には頓着しない。だから、時には手に余る物をゲットしてしまう事がある。この、クッションにもなりそうな、大きなぬいぐるみ。自分で選んでやったくせに、いざ取れた時に「うわー、取れちまったー」みたいな表情を浮かべた時は、吉田はちょっと笑った。
 これを持って帰宅する事すら躊躇しているような虎之介の為、吉田がその役目を引き受けた。物が物なだけに、多少は注目を浴びそうだが、吉田は視線を集める事に関して、悲しい事に多少耐性が付いてきた。しかも、普段浴びているのはきっとこの比でも無いのだろうし。
 ゲーセン久しぶりだったな~と、虎之介と別れての帰路、ぬいぐるみの入った袋を持ちながら吉田は思う。佐藤と居る時は、あまり行かない所だ。誘えば佐藤も断らずについてくるかもしれないが、何となく場の雰囲気と合わない気もして、吉田も言い出さない。佐藤の口からゲームの話題が出ないのが、一番の理由だろうか。実際、男子高校生の部屋には必須と呼べるほどの、家庭用ゲーム機の存在が佐藤の部屋にはない。吉田だって、テレビ画面に接続するまでのはないが、小型携帯機なら主なメーカーのを2つ持っている。割と前に買って貰ったものなので、ほぼ毎年、更新されるように出される新バージョンを指を加えて眺めている状態だった。でも、いい加減そろそろ買い換えないと、開発されるソフトに置いて行かれそうだ。プレイしたいゲームが出来ない。高校生には深刻な問題である。
 でも、佐藤の部屋に居る時はそんな事はあまり思わない。最初から無いものは望む事すらしないのか、はまたま別の事で満たされているからか。別に、娯楽の為に佐藤と居る訳でも無いのだが。ぐるぐる妙な事を思ってしまった吉田は、思考の迷宮に捕まる。そこから吉田を引き出したのは、ちょっと意外な人物だった。
 吉田、と自分の名前を呼ばれて驚いた吉田は、その相手にまたも驚かされる羽目になる。
「さ、佐藤! なんてここに?」
 とっくに先に帰宅したと思っていた佐藤が居て、吉田は驚く。ここは吉田の家には近いが、佐藤の家からは近くもなんともない。そう思って聞いてみれば、本屋の帰りという事だった。今はネットでクリック1つで注文できるけど、佐藤は本屋に赴いて本を探す方が良いのだと言う。
 しかしながら、自分はどうしてここに、という質問をしておいて、どう答えて貰いたかったのか。まさか会いに来たとか言って貰いたかったのか。いやまさか、そんな、まさか。だって恥ずかし過ぎる。
 違う違う、と何かに必死に否定していると、佐藤がまたも声を発する。しかも何だか、やや不機嫌に。
「それ、何?」
 数少ない口数が、佐藤の機嫌を物る。それって?と吉田は一瞬きょとんとしたが、すぐにこの持っている袋の事だと解った。
「ああ、今日とらちんとゲーセン行っててさ。取ったからくれるって」
 こんなの、と吉田は佐藤に見せるように袋の口を広げる。それを、佐藤はふぅん、と一瞥した。
「欲しかったのか?これ」
 その言葉に、またも吉田は軽く首を捻る。そして、さっきの自分の説明では、欲しいものを虎之介に取ってくれと頼んだようにも取れたと悟る。佐藤の軽い勘違いを愉快に思いながら、違うよー、と軽く否定してからこのぬいぐるみが自分の手に渡った経緯を説明する。全部をきっちり言い切ったのだが、佐藤は何か釈然としない面持ちで、ふぅん、と呟いて頷く。
「で、結局それは吉田の部屋に置かれるの?」
「へ?」
 と吉田はまたもきょとんとする。何だが、凄くどうでも良いような事だが、佐藤にとっては重要らしい。顔が深刻だ。
「んー、まあ、今日の所はとりあえずな。まあ、秋本から洋子ちゃんに欲しいかどうか訊いてもらおうかなって」
 単純だが、女の子ならぬいぐるみが好きだろうと言う図式だ。実際、彼女の部屋には可愛らしい動物のぬいぐるみが置かれていると言う。
 となると、これは微妙かなぁ、なんて吉田は自分が手にするぬいぐるみを眺める。吉田が貰ったこれは、動物というより植物だ。もっと言えば茸である。さらに言えばナメコだ。可愛いと言えば可愛いんだけどな。愛嬌もあるし……と吉田はしげしげとナメコのぬいぐるみを見つける。これには仲間というか種類があって、このナメコは赤色で角があって牙があって、何となくとらちんぽい、という吉田の感想だ。思い浮かんだついでに、そのまま佐藤に言ってみる。
「なあ、これ、とらちんに似てねぇ?」
 顔の所とか牙の所とか!指で指して、吉田は楽しげに言う。
 が、佐藤はその笑顔に吊られるわけにはいかなかった。
「……それ、本当に秋本の彼女に手に渡るのか?」
 何故だか話題が戻った。佐藤の意思を掴めないまま、吉田はそれはまだ解らないよと言ってやる。彼女にだって好みはあるだろうし、ある意味不用品のリサイクルとは言え、他の男が取った物が彼女の部屋に置かれるのを秋本が由とはしないかもしれない。
(……あ、)
 その考えに、佐藤のこの微妙な不機嫌の理由が、ようやく解った吉田だ。ほら、やっぱ同性だし、そういう所解り難いじゃん?と気まずそうに吉田は何かに向けて言い訳するが、仮に異性同士の中だとして、果たして吉田がその機敏を早く察知できるかどうか、怪しい所だ。
 原因が解ったとなると、佐藤の態度が解り易く見えてくる。じとー、とぬいぐるみを見る目は、西田や山中に向けてのとさほど変わりない。これはただのぬいぐるみなのに、と複雑な胸中の吉田だ。吉田だって、佐藤の今の心境が解らないでもない。というか、こんな状況吉田の方が遭遇する場面の方がはるかに多いのだが。調理実習やら何やらに託け、女子達は佐藤に贈り物をするタイミングを虎視眈々と狙っている。しかしそこは佐藤も愚かではないので、先手を打ってそれとなく受け取れない事情や状況を明かす事を欠かさない。が、やはり時折、押されるように受け取ってしまう事がある。割と佐藤は押しに弱い……というより、押し返す加減が解らないのかもしれない。やるなら徹底的、が佐藤なのだ。具体例は山中で。
 そうだよ、佐藤は女子から愛情たっぷりの差し入れ貰ってて、どうして俺がこんなゲーセンで遊ぶついでに貰った景品に腹を立てられなくちゃならないんだ?と吉田はムス、としてきた。自分だけが責められる理不尽というより、女子に囲まれてキャーキャー言われている佐藤を思って。
「なあ、吉田、」
「別に、俺の所に置いたって良いだろっ!」
 思い出し嫉妬とでも言うのか、その時の感情のままに吉田が声を荒げる。吉田の心中の全てを見て取れる訳でも無い佐藤だから、その態度に目をぱちくりとさせる。けれど、吉田の態度については触れずに置いて、佐藤にとっての問題を優先させた。
「欲しいなら、俺が取ってやるから。それは俺が引き受ける」
「は?何だそれ?」
「別のを取ってやるから、それは俺に寄越せ」
 些か口調が乱暴になる佐藤だった。吉田の前では素の出やすい佐藤だが、最近出るのが早まっているように思う。
 別にそこまで欲しいって訳でも無いんだけど、と吉田が佐藤に手渡さずにいると、佐藤が焦れたようにその手を引いた。何、何?と戸惑う吉田に、佐藤が言う。
「まだ時間良いだろ?今からゲームセンター行って、取る」
「い、今から!?」
 佐藤のペースに必死に足を合わせながら、吉田が慌てて言う。それに、佐藤はいかにも当然だ、という風に頷いて。
「こういうのは早い方が良い」
 こういうのってどういうの!?と泡を食う吉田。
 本当はそこまで欲しい訳じゃないとか、もう小遣いが残ってないとか、行かないで済む言い訳は結構あるのだが、吉田は何となくそれらを封じ、佐藤に引かれるまま、ゲームセンターへと向かう。この道順でなら、さっき虎之介と行ったところとはまた違う所なので、同じ物があるかどうかは疑問だが。
 それでも吉田が止めようと言い出さないのは、佐藤とゲームセンター、というシュエーションにちょっとわくわくしたからだろう。


 同じ物があるかどうか危ぶんだ吉田だったが、流行と言って良いほど人気なキャラクターなので目当ての物は無事(?)に見つかった。あれだな、と佐藤は親の仇のように睨みつけた。
「佐藤って、UFOキャッチャー出来たっけ?」
 ただ黙って見ているのも何なので、吉田は邪魔にならないよう、様子を伺ってから声を掛けた。
「やった事無いけど、出来るはずだ」
 謙虚なようで、確かな自信が裏付けされている台詞だ。佐藤なら、旅客機を操縦できると言われても不思議じゃないとすら吉田は思う。
 そんな吉田を横に、佐藤は脳内のデータバンクをひっくり返し、必要な知識と情報をかき集めていた。この手のゲームは掴んで取るというより、アームで落として取る方が実は確実だ。あのアームはいっそフェイクみたいに思った方が良い。勿論、必要な場面も出てくるだろうが。
 まず、取るべき獲物を決める。同じ物があったので、それだ。そして、周りを取りやすい環境へと導いてやる。
 佐藤はまず、正面からその位置を掴み、そして側面から回り込んで、奥行の位置情報も掴む。完全に空間を把握した佐藤は、500円玉硬化を入れた。音が鳴り、光が点滅して機械が稼働する。
 一回目はまず、埋もれている目標物を引き上げる所までだ。ここではアームを使い、引っ張る作業に徹する。ぴったりの位置にアームが降りた時、「わぁっ」と歓声のような声が上がった。隣の吉田からだ。そういえば吉田は、ゲームセンターでのゲームはシューティングやカーレースみたいなのは好きだけど、こういうキャッチャー系は音ゲーはあまり得意では無くて、それらが出来る虎之介が凄いと言っていた。ただ、あの時はそういった場所が自分の部屋だったので、対抗意識に燃えてゲームセンターに行こうとは思わなかったが。あんな騒がしい所では満足に吉田と話も出来ない。でも、ゲームをしている吉田はちょっと見てみたいな、と思う反面、やっぱり自分の部屋へと誘ってしまう佐藤である。
 3回のプレイを使い、山となったぬいぐるみの上に置く所まで至った。あと一息だ。
 そうしてUFOキャッチャーをしている佐藤を、吉田は横から眺めていた。とてもゲームに興じているとは思えない真摯な顔つきで、いっそ何かの職人のようだ。意地悪な顔ばかりがすぐに浮かんでしまう吉田だが、その顔が思いのほか整っている事を、思えば一番初めから思い知っていた。女子に弾かれて、佐藤の上に収まってしまったあの時。ある意味、2人の再会だった。
 勘の良い佐藤が、そんな吉田の眼差しに気付かない筈が無かった。最初、ん?と思って密かに見下ろせば、少し頬を赤らめて自分を見ている吉田。視線が重ならなかった為か、吉田が佐藤が自分を見ている事にすぐには気づかなかった。そして、吉田が気づく前に佐藤は素早く顔を戻す。
 吉田に見られていると、改めて自覚すると何やら佐藤の顔にも熱が上がる。緊張している?この俺が?と佐藤が動揺を浮かべると。
「あっ、」
 しまった、と佐藤が声を上げる。一番集中しておかなければならない場面で、余所事を考えてしまった。まあ、吉田の事だが。
 アームが下りる位置が大幅にずれた。これでは、目当ての物が取れない。しかも、ラストチャンスだった。
 とはいえ、また硬貨を入れれば良いか。半ば諦めの形で眺めていたのだが。
 ――ぼとっ
 そのずれた位置が上手い具合に、佐藤の眼中にも無かった位置にあったぬいぐるみを落とした。誤算と言えば誤算だ。
「わー!すげぇ!佐藤、取れた―――!!!」
 けれど、吉田が凄い手柄のように褒め称える。何やら複雑な胸中を抱きながら、佐藤は取り出し口に落ちてきたぬいぐるみを取り上げる。バリエーションの多い中での、一番標準というかオリジナルのナメコだ。吉田の持っているもののように、角や牙も無く、素朴な顔だ。脱力系とでも言うんだろうか。
「じゃ、交換」
 そう吉田に言われ、すぐに反応できなかった佐藤だった。すっかり目的が取る事に集中していた。佐藤は今までこういう場所に立ち寄った事もなければ、ゲーをプレイした事も無い。何が楽しいのだろうとすら思っていたが、さっきまでののめり込んでいた感覚を思うと、解らないでもない。あれは家庭用ゲーム機では味わえない体験だろう。
 佐藤としては不完全燃焼だったのだが、敢えてこだわる事でもないかもしれない。要は、他の男が取ったものが吉田の部屋に置かれなければ良いだけで。
 交換はあっさり果たされた。吉田が今まで持っていたのものが佐藤の手に、そして佐藤の取った物が吉田の手に渡る。それをぎゅ、と抱きしめるように持つ吉田は笑顔で、それはさっきまでには無かった表情だ。
 その笑顔の分だけは、自分は他より吉田の中でも特別かな、と。
 同じ大きさのぬいぐるみを持ちながら、佐藤は愛しげに吉田を眺めた。


 その後、吉田とちょっとこのまま遊ぼうかと思った佐藤だが、ここで吉田があまり小遣いが無い事と、こんな荷物があったらゲームがしづらいというので、そこで再び帰る事となった。いつもはない荷物を持ったままの帰路は、ちょっと何かが可笑しい感じで楽しかった。
 そんな訳で、今、佐藤の部屋には非売品のタグのついている景品であるぬいぐるみがある。しかも、そこそこ大きい。基本シンプルな物しかないこの部屋で、それは思いっきり浮いていた。
 光臣、こういうの好きかな、と真っ先に浮かんだ避難場所に佐藤はぽつりと思った。次に実家に行かなければならない日は、何時だったか。今からでもそれを憂鬱に思う。家族に会うより、吉田と会えない方が余程堪えた。
 そんな時でも、吉田の部屋には自分の取ったぬいぐるみがある訳か。
「……………」
 それを嬉しく思うより、嫉妬を抱いた自分が余程心が狭いのだな、と自覚はしても反省は見られない佐藤だった。



<END>