山とらです~*^^*

 夏休み。
 大抵の学生が身も心も浮かれてる中で、至って冴えない顔つきをした男が1人。本人は冴えない顔つきなのだが、傍目見るとガンを飛ばしてるようなメンチ切っているような顔になっているのが実に難儀だ。
 幸いな事に、この場にはそれを買ってやろうという血の毛盛んな輩は居ないが、その代わりというように別の意味で盛んな男が寄りかかる。
「とーらーちんっ! そんな難しいそうな顔してどうしたの??」
 ここ、皺が癖になるよ~と言いながら、ぐりぐりと眉間に出来た皺を伸ばそうとしている。
 それを煩そうに手で払ってから、虎之介は言ってやる。
「ヨシヨシと連絡がつかねーんだよ」
 と、呟くその横顔が若干寂しそうに見えるのは、この場では山中のみだ。
「まあ、帰ってくるのがいつになるのか解らないって言ってたけどよー。もう5日だぜ?」
 こんな長い期間連絡がつかない事は無かった、と言う姿に、山中は自分の知らない一面を見たようで、今度は自分が寂しい感情に見舞われる。
「~~~~っ、もう、とらちん!!」
 その寂しさを打ち消すように、山中は横から虎之介にがばりっ!と抱きついた。どぅわッ!と声を上げつつも、何とかそれを受け止める。
「とらちん! 俺と吉田のどっちが「ヨシヨシ」せめて最後まで言わせてよ――――ッ!!」
 間髪すら置かない虎之介に、涙する山中だった。
 チクショウ、上手くいかないな、と鼻を啜りながら山中は思う。折角佐藤も吉田も居ない中、心置きなく虎之介とイチャコラ出来ると思ったのに、肝心の虎之介がこんな状態である。こっちに振り向いてすらくれない。
 折角の高校生の夏休みなのに、と山中としては面白くない。かなり、面白くない。
「……ねー、とらちーん」
「んー?」
 それまで、ヨシヨシ何処行ったんだー?とかぼやいていた虎之介が、山中の声に反射的に顔を向ける。
 と、ちゅ、と頬に軽い感触。微かだかしっかりとした温もりに、虎之介の顔が徐々に赤くなる。
「えっへへ~、とらちん、隙あり!!」
「………… …………… !!!!!!!!」
 ばっかやろー!という怒声と共に、打撲音が響き渡るのはその直後の事だった。

 メールを開く。そして、なんの操作もしないまま、閉じる。
 ここ最近、日課のように行っている事だ。メールは無視しない吉田だから、返信が無いのはおそらく届いていないのだろう。
 確か、聞いた所では佐藤の友達の金持ちの別荘の海に行くとかなんとか言っていたが。
 虎之介自身は別荘なんてまるで縁はないが、そういうものが郊外に建てられる事は知っている。だから、電波の関係なのかもしれないが。
 はぁーあ、と改めてため息をつく。
  別に吉田と始終一緒にべったりしていた訳ではないが、こんなに連絡のつかない日が続くのは初めてだ。かなり自分が不安定になっているのを、虎之介は感じ る。いつもどこかで、吉田の事を頼りにしていた。今でこそ、高校生にして中学生並みの背丈で情けないとか頼りないと女子に囁かれる吉田ではあるが、中学に 入った当初は小学からの男子達から少し一目置かれたような存在だった。目に見えて崇め奉っている訳でではない。でも、吉田がそこにいれば安心、という空気 があった。そこに虎之介が混ざるのも、そんなに遅くは無かった。
 その時からすでに目つきが怖いと恐れられていた虎之介だが、吉田は全くそんな事 に頓着せず、普通に話しかけて来た。そして、そんな吉田につられるように周りのクラスメイトも。ずっと孤立したまま終わるんだと思っていた中学生活は、終 わってみれば同級生と楽しく過ごした思い出が多かった。勿論、そうでない記憶もあるけども。けれど、そんな記憶にも必ず吉田や、井上が関わって来て、決し て一人では無かった。逆に自分に頼ってくる連中には、そういう存在が居ないんだろうな、とつい同情をして手を貸してしまう訳だが。
 同じ中学の繋がりとして、井上にも吉田の行先を尋ねてみたが、自分の持っている以上の情報は得られなかった。それどころか、『佐藤くんと一緒なんて羨ましい!!』とつまらない怒りをぶつけられる始末。
 井上の人脈に頼りたい所だが、彼女にだって夏休みの計画というものがあろうだろう。自分と違って、彼女にはれっきとした恋人が居るのだし、その時間を邪魔しては悪い。
「…………」
 井上もだが、きっと吉田だって、誰が好きな人が出来てその人と付き合うようになるだろう。虎之介としては、当然その人と過ごす時間を優先させてやりたい。
 中学の時は決して感じなかった、一人、という言葉が肩に重く、伸し掛かった。

 で、今日も山中と会うのか……と誰かに向かってぼやきながら、虎之介は街の中を歩く。
 待ち合わせは公園。喫茶店で待ち合わせは金がかかるので却下だ。何だか払うのが当然のようになってしまっているが、それじゃダメだろ、と吉田も井上も口を酸っぱくして言うので、厳しくしてみる。
  どうせ、待ち合わせの場所に来ちゃいねぇんだろうなー、なんて思いつつ茂みの角を曲がると、そこには虎之介の予想を裏切って見慣れた無造作ヘアが見えた。 珍しい事もあるもんだ、と少し驚きつつも、しかしその顔はあっさり豹変する。近づくにつれ、解った事が。山中は何やらしきりに話をしている。目の前にいる 相手ではなく、電話の向こう。そして、きっと、相手は。
(女か!!!)
 今もって尚、校内での評価は最下層の底辺であるが、あくまでそれ は校内に限った事である。一たび街に出ればそんな事はもはや関係ない。遊びなれた雰囲気が妖しい男子高校生だ。つまり、モテる男である。基本年下も年上も 問わないが、集り気質が手伝ってか、どちらかと言えば年上のお姉さんが多いような気もする。まあ、同じくらい女子高校生にも声をかけているが。
 そしてそんな場面を虎之介が目撃し、怒り心頭のまま街中にも限らずマウントポジションでフルボッコしたのはまだ記憶に真新しい。それだというのに、もうこれか!!と早速手の指の関節を解しながらそっと背後に近寄る。
 まずは頭に一発!と決めようとした時だった。
「そう、そう。何か無い?CAさんの繋がりでさー。多分解ると思うんだけどね。顔は俺と同じくらい良い男だし……えー?ホントホント。マジな話だってば。やだなー」
 その後、あははは、と明るい笑い声。
 なんだかどうも、誘いに電話にしては内容がちょっとそぐわない様な。
 最大値まで溜まった怒りだが、今はそれが気になって拳も握ったまま止まる。
「いや、んー、何か友達の別荘だとかで……ああ、不動産屋っていう手があるな。居る?……居ないかー。そりゃあねぇ……」
 最後は呟くような声で良い、それじゃ、ありがとね、と最後に言ってその電話は終わった。が、山中の手はまだ終わらない。
「……さすがに不動産業にはツテがないなぁ……合コンとか?どこから繋げるかだな……」
「……オイ、」
「え? ん? だわぁッ!!! とらちん!!!!」
 もう来たの!?と座ってるベンチから転げ落ちそうな程動揺した山中だが、約束の時間にはなっている。その旨を告げると、え、という口の形で止まった。
「え、わー、ホントだ……気付かなかったなー」
 携帯のディスプレイで時刻を確認し、ガシガシと頭を掻く山中。
「……なあ、オイ。何してたんだ?」
 すでに聞きかじった内容でそれとなく悟ってはいるのだが、自分の都合良く履き違えている感が拭えない。
 こうして尋ねたりせず、あっさり流せばその方が楽なのかもしれないけど、でも確かめずにも居られなかった。
「いやー、旅行会社関係に尋ねてみれば、吉田達の行先とか解るかなって」
 そんな虎之介の決心も知らず、いつものように言って見せる山中。ああ、やっぱり、と虎之介の胸中に何か、熱いものが込み上げてきた。
「調べてたのか?」
「だーって、それがはっきりしないと、とらちん俺の方見てくれなさそうだし」
 俺はもっとイチャイチャしたいのに!と言い切る山中の安定さに、虎之介も何だかほっとする。
「別にヨシヨシ達の行先が解ってもお前とイチャイチャなんかしねぇけど」
 そう言えば、がーん!という効果音に相応しいような涙目になって、いよいよ可笑しくなった虎之介は、堪らず噴出した。その後、慌てて顔を引き締める。自分の笑い顔が怖いというのに、十分な程自覚があるからだ。
「……とらちん、」
 じぃ、と覗き込むようにしている山中に、ああもう、見るなよ、とばかりに手をやる。
 しかし、その手を逆に掴まれてしまう。
「とらちん……可愛い」
 自分の名前と並べるに、およそ相応しいとは思えない形容詞を聞き、は?と呆けた顔になる。
「今、笑った! 可愛いー!とらちんの笑顔、超可愛い!」
「バッ……ちょ、……っっ!!」
「ねっ、ねっ、もう一度笑って! 撮る! 撮るから!!」
「!!!! 撮るなそんなもん!」
「とらちんっ! はいっ、チーズ!!!」
「やかましぃぃぃぃぃぃ!!」
 ごーんっ!とそれは痛そうな音がしたアッパーが山中の顎に当たる。
 そのまま後ろにぐはぁっと山中は昏倒した。
 もう知らん!と虎之介は倒れた山中を放って置き、来た道をずかずかと引き返す。
 置いて来て良いのだ。今くらいのダメージなら、そう時間を置かずに復活するだろうし。
 そしてそんな虎之介の予想通り、程なくて「待ってよとらち~ん」と情けない声が追いかけて来る。
 井上にも吉田にも、それぞれ一緒に居たい相手を見つけたとして。
 それでもやっぱり、自分は一人にはならないんだろうな、と、背後の声の為に、若干歩く速度を落として虎之介は思うのだった。



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