注)豊作×洋子ちゃんですよ^^



 初めて出会ったのはもう随分と前の事。自分の世界が家の中より少しだけ外に広がった時の事だ。
「こんにちわ、洋子ちゃん」
 思えば父親以外で初めて出会った異性でもある。けれどその時はそんな意識もなくて、ただただその人が優しそうだなと思った。
 洋子はおしとやかな見た目に反して、物怖じしない性格でもあり、打ち解けるのは早かった。泣きだしたのは、むしろその彼から離れる時だった。もっと遊ぶの!と駄々をこねる自分に、そんなに歳は変わらないだろうに優しく慰めてくれた。明日、また遊ぼうね、と。
「ホントに?」
「うん、ホントホント」
 にっこり笑って、小指を出す。この時の洋子は本当に、本当に幼かったので、指きりをまだ知らなかった。
 こうするんだよ、とふっくらした指で導かれ、小指同士を絡める。
 生まれて初めてした指きりはとても楽しい思い出になった。

 次の日から、洋子は本当に豊作の所に遊びに行った。たまに、引っ張り込む形で自分の部屋に招いたりもした。好きなものだらけの時分の部屋に、豊作が居るのを見ると完璧、という言葉を思い浮かべる。
 けれど、どれだけ毎日しきりに会っていても、夜に、いや夕方にでもなればそれぞれの家に戻らなくてはならない。
 それが無性に寂しくて、どうしればこの寂しさから解放されるのか。
 その答えは実に身近にあった。自分達は、どうして同じ家に暮らしているのか。父親と母親はどうしてずっと一緒に居られるのか。
 結婚という言葉と制度を覚えた時、洋子は勿論その相手を豊作に決めていた。

 以来、彼に会う時はその最中か最後に「洋子とケッコンしてね」と言って豊作に教えて貰った指きりで何度も約束を交わした。しかし豊作の方が結婚という事に、いまいちピンと来ていないようで、うん、と頷くその反応は洋子にやや不満を残した。絶対するのよ、絶対、と再三に約束を交わすのはその為だ。
 彼と結婚するのだと決めてから、彼が他の人と結婚したらどうしよう、という不満に付き纏われる事になった。自分の様な何も出来ない年下より、同い年の方が良く思うんじゃないだろうか。そう思った事は何度もある。だから、豊作が一足早く幼稚園に行く事になった時は、何度も一緒について行こうとし、何度も未遂で終わった。幼稚園に行っているのは5,6時間の間だったが、洋子にとっては夜寝ている時よりも何倍も長く感じる。時間が来ると玄関先に立ち、母親と一緒に帰って来る豊作を出迎えた。そのまま、豊作の家か招いて自分の家かでおやつを取る。それが新しくなった生活のサイクルだ。
 双方の母親も交えてのおやつの時間に、洋子の母が言う。
「洋子はホントに豊作ちゃんに懐いて居るのね〜。このまま、お嫁に貰ってくれたら良いわね」
 そうよ、ママ。本気でそう思ってるの。もっと言ってよ、と洋子はふくふくした顔で母親の台詞を聞く。
「あらー、そんな! 豊作なんかに洋子ちゃんは勿体ないわよ!」
 だがしかし、豊作の母親がそんな事を言い、折角のショートケーキも味が落ちてしまった。勿体なくなんて、無いのになぁ。こんな素敵な人、きっと何処にも居ない。
 ちょっとしょんぼりしていると、隣の豊作が洋子に声をかける。
「洋子ちゃん。はい、イチゴ」
 台座の上に乗る宝石のように、ピカピカとケーキの上にそびえる艶やかなイチゴを、豊作はそっと洋子の皿の上に乗せる。
 ぱちくり、と人形の様な目を瞬かせ、洋子は豊作を見る。相手は、穏やかにふっくらと笑っているだけだ。
 こういう事が、すっと出来る。
 だから豊作がとても好きで、将来一緒に居たいと思うのだ。


 始めの過渡期でもある小学進学に当たっても、洋子の心は全く変わらなかった。その頃から周りも異性というものを意識して扱うようになり、それは自覚も促す。思えばこの頃から、豊作も洋子を女の子として扱うようになった。それまでは、単なる年下の存在のような感じだった。
 しかし女の子という部分は後付けみたいに感じられる。あくまで近所の、年下の幼馴染というのが豊作の中での洋子のカテゴリだ。大事にされるのは良いけれど、その理由がそれだとなると不服なのである。洋子も難しい年ごとに差し掛かってきた。
 ちょっとした意識で、豊作の事を「お兄ちゃん」とは呼ばなくなった。お兄ちゃんは結婚の対象ではないからである。そしてお兄ちゃんと呼んでしまっては自分を妹認識されてしまう。これも、結婚の対象では無い。
 成長するにつれ、結婚という重みも解るようになって来た。良い事ばかりではないし、辛い事が待っているかもしれない。
 けれど、それでも。洋子は豊作が良いのだった。
 元から可愛い洋子だったが、中学に進学し、その容姿は磨きがかかってきた。まだ伸びしろの多い若い魅力にころりと参る男子は多い。
 けれど、どれだけ賢かろうと、顔が良かろうと、背が高かろうと、洋子が彼らの告白に頷く筈も無い。
 友達には勿体ないと言われたが、洋子には一体何が勿体ないのか、さっぱりだった。
 だって彼女の心にはすでに住み着いているのだから。自分で決めた相手が。
 気になって来るのは、相手の認識だ。なるべく、妹や家族を匂わす雰囲気やニュアンスを避けてきたのだがそれを通りこされたらどうしようもない。
 豊作にふられたとして、次の恋を見つける事が出来るのだろうか?
 とてもそんな気にはなれない洋子だった。


(ひぇ〜〜〜遅くなっちゃった!)
 洋子は若干焦った。門限は厳しくない過程だが、それでも日が落ちてからの外出には良い顔をしない。それに何より、洋子もそんな時間帯には出歩きたくは無い。
 家族に迎えを頼もうか、けれどそんなでもないかも……と暮れなずむ空を見ていると、携帯から可憐なメロディーが。この曲は豊作からのメール受信の報せである。わくわくして目を輝かせ、メールを開くともっと笑顔は輝いた。
 洋子はにこにこと自分の詳細な居場所を相手にメールし、そこで大人しく待つ事にした。もうすぐ会える。あの大好きな人に。

 豊作は彼なりに急いでくれたらしく、到着した時点で薄ら汗ばんでいた。そんな季節でも無いのに、だ。
 一緒に帰ろう、と手を繋ぐ。小さい時から変わらない行動だ。なら、その意味も変わらないのだろうか。
 それは少し哀しいが、この温もりが離れてしまうくらいなら、そのままでも良いかとすら思ってしまう。
「今日は、植物園に行ったんだったね」
 洋子は嬉しそうに頷いた。豊作にそう言ったのは割と以前の事で、なのにちゃんと覚えていた事に感激する。
「うん。レポートまとめてね、学校で発表するの」
「そう」
 手を繋いで、殆ど夜になった道を歩く。太陽が沈み、空気も冷えて来たけども、洋子の掌は熱い。豊作の掌が熱いのだ。
 そこが可笑しい訳ではないが、洋子は普段より豊作の口数が少ない事に気付いた……というか、少ない様に感じる。元々雄弁ではなく、聞き手の多い豊作だが、話していて沈黙を感じる事は無かった。けれど、今はそれがある。
「豊作ちゃん?」
「…………」
 洋子がそっと声をかけると、豊作は穏やかな人相ながら、少し思い詰めた表情をしている。洋子の方は向きもせず、地面をじっと見ている。
「……あのね、」
 豊作がようやっと口を開く。
「うん」
 洋子が頷く。
「別に、答えなくても良いんだけど、」
「うん」
「今日、一緒に行ったっていう人達にさ……」
「うん」
「…………」
 また黙ってしまった。けれど、洋子は豊作が言ってくれると信じて、急かす事や促す事はしなかった。
 ややしてから、豊作が言う。

「男の子、居たの?」

「…………」
 洋子は目を開け、きょとんとした。
 今の豊作の台詞の意味について。
 例えば。
 これが逆の立場なら、洋子も同じ事を聞いただろう。女の子と一緒だったのか、と。
 何故なら洋子は豊作が好きで、だから他の女の事一緒に出掛けたとなっては胸中穏やかで居られない。どういう子だったのかと、聞きたくて堪らなくなる。
 でもそれは、豊作の事が好きだからで。
 そんな洋子と同じ事を言う豊作は、つまり。
「うん、男の子は居たよ」
 班でのグループ行動だったのだから、それは仕方のない事だ。洋子がそう言うと、繋いでいる優しい手が少し強張った。
「でもね、」
 洋子は豊作の顔を除き込み、言う。小さい頃は見上げるしか無かった顔だが、今はほぼ並んでいる。もしかしたら、抜いてしまうのかもしれないが、洋子の方は全くそれで構わなかった。
 ちょんとした目を除き込み、洋子が言う。
「豊作ちゃんより素敵な人は居なかったよ?」
「え……えっ、え、ちょ、ちょっと!!?」
 何言ってんのー!?と目を回して顔を赤くする豊作。
 ふふっと慌てる豊作を見て、洋子は嬉しそうに笑う。
「ほら、帰ろう豊作ちゃん」
 洋子の発言により、パニックになった豊作は思わず立ち止まってしまった。彫刻の様に鎮座する豊作の腕を引っ張り、洋子は帰路を行く。豊作と殆ど同じその道。
 いつか、完全に同じになると良いな。
 そう思って見上げた空には、一番星が煌めいていた。



<END>



*夏コミで差し入れを貰いまして、ついていたメモに豊作×洋子が好きと書かれてあったので…!
 お礼代わりに書かせて貰いました〜*^^*ありがとうございました!