方法としてなら、おそらく沢山あるのだろう。
 問題は、自分にそれが合っているかどうかだ。吉田は、その脳内で様々な手法を模索してみる。
 手紙だともどかしいし、メールでなんて以ての外だ。電話もちょっと味気ない気がするし、声で伝えるならやっぱり実際に向き合ってしたい。
 となると、やはり相手の目の前で言うしかないのか。
 あれこれ考えた結果、原点復帰してしまった。それが良いのか悪いのか、という判別はあえて放棄する。
 吉田はベットに横になり、うんうんと悩む。
 何をそんなに悩んでいるかと言えば、詰まらない事のようであり、けれどとても大事な事である。
 佐藤に、まだ直接好きって言っていない。
 たまに佐藤が強請ってきたり、ふとした折に吉田がこうして気にしてみたり。
 どこかにあったタイミングを逃したような、あるいはまだそのタイミングが来ていない様な。
 吉田の中で好きというその言葉は、まるで孵る前の雛のように見えない所でじっと影を潜ませ、そのくせ確かに存在している。
 付き合っている相手に「好き」だと、どう伝えよう。
 そんな悩みを持っているのが、自分以外にどれくらい居るのだろう。考え疲れてきた吉田は、居るかも解らない同胞を気にして、ごろりと寝がえり打った。


 漫画で見る分には、恋人たちはその始まりに、お付き合いして下さい等の所謂「告白」をし、相手がそれに頷く。そしてお付き合いとやらが始まる。それを思うと、吉田は首を傾けたくなる。吉田は確かに佐藤とのお付き合いに前向きに検討はしたが、その前の吉田の返事は「わからない」ではなかったか。イエスの返事では無かった筈……なのだが、佐藤にとっては肯定と同然だったらしい。
 確かに、そういう事を、特に同姓から告げられ、即座に拒否出来ない辺り吉田の気持ちは十分、「好き」に傾いていたのだろう。
 だから、まあ、押し切られた感はあるものの、こうなって良かったかなぁ、とは思うけれども。
 そうやって、佐藤が吉田の気持ちの先手先手を打つのだから、吉田が言い出す機会を見失っているとも、言えなくもない。
 しかもあれだけしつこく尋ねていた「俺の事好き?」もすっかり言わなくなってしまった。言えそうになるタイミングを、まるで見計らったかのように止めた。実際、吉田の気持ちがはっきり佐藤に傾倒していたので、その見解は正しい。
 でもさー、好きって言って貰いたいから、そう聞いてたんじゃないのか。なのに、言えそうになって止めるってどういう事だ?
 そんな風に、吉田は悶々としてしまう。
 まあ、でも、佐藤の気持ちがまるで解らないでも無い。
 自発的に、伝えたいと心から思い、そして言って欲しい。
 それだけ重要なのだ。この「好き」というたった二文字は。


「吉田、好き」
 その重要な単語を、あっさり言ってしまう佐藤がちょっと小憎たらしいやら、羨ましいやら。
 きっと、自分も言ってしまえば、言えてしまえばこんなややこしい感情からも解放されるのだろうけど、だからと言って「はい、言います」と済む話しでも無いのだ。ああ、自分の気持ちながらなんて面倒な!
「てか、何を急にそんな事言うの」
 若干動悸の乱れた胸を気にしながら、吉田は言う。
 例え初めてでは無くても、佐藤の口から「好き」と言われると、その都度吉田の胸はドキンと解り易いぐらい撥ねてしまう。この胸の飛びあがる感じ、佐藤は知らないのだろう。何故って、吉田がまだ「好き」と言えて居ないから。
 休日、相変わらず姉の不在な佐藤の部屋で、菓子をつまんだり本を読んだり、他愛ない事がデートになるのは相手が佐藤だから。
 あまりにも脈絡のない告白に、吉田がすかさず突っ込んでみるが、佐藤は素知らぬような顔で。
「ん〜、何となく」
 言いたくなったから、と素っ気ないようで沢山の愛情を注いだ声。何よりその微笑。
 うう、と吉田は赤くなって呻いた。
 学校では吉田が歯止めをかけているからか、こうして自室だと何だか色々顕著になってくる。それは多分、佐藤だけじゃなくて。
 す、と佐藤の手が伸ばされ、吉田の髪触れる。それだけの行為が、とても特別に感じる。
 テーブルを挟んで向かい合わせではなく、隣同士で座るのは、やっぱり友達同士じゃないからかな。触れ合う程に近くなった佐藤を見て、吉田は思った。


 ああ、今日も佐藤に好きって言えなかったな。言わなかった、じゃないんだと思う。思いたい。
 家に帰り、自分の部屋でまたも吉田は反省する。いつか言わないといけないのに。むしろ、一番最初に言うべき事なのだが。
 やはり逃したタミングがあったのだろうか。辛うじて、事実上の「好き」に変わる言葉として、球技大会の時「好きな子の事は見に行く」という佐藤の台詞に便乗したように、佐藤を見に行った、と言い募った事だろうか。
 そういえば、あの後。初めてキスをして、と佐藤に促された。
 佐藤の中での、何かの、段階の移り変わりだったのかもしれない。吉田にも何度かあった。山中に襲われかけた時とか、艶子が学校に来た時にも。
 きっとその中に、好きだと言えるタイミングはあった筈なのだ。


 零れたミルクは戻らないし、割れた卵も戻らない。
 過ぎた事をくよくよするより、前に進みたいのが吉田である。
 けれども、自分だけで考えるのは限界がある。そこで吉田は、ちょっとだけリサーチする事にした。
「あのさ、とらちん」
 以前、登下校も昼休みも吉田と一緒にしていた為、女子の勢いが佐藤の手に余るくらいにまでなった。そこで佐藤は学習した、というか思い知った訳で、ちょいちょい女子と過ごす時間を設ける事になった。だから今日は、女子達と一緒に下校している。
 そして吉田は虎之介と一緒に帰る事にした。ちょっと、聞きたい事もあったし。
 虎之介に帰ろうと声をかけると、もれなく山中もひっついて来た。邪魔すんなよ、と虎之介と2人きりになれない山中は不服そうだったが、そこは吉田と虎之介が揃って黙らせた。拳で。
 山中と帰路を違え、ようやく虎之介とだけになれた吉田は、さして相談事だという風でも無いように、さらっと日常会話のように聞いてみる。
「あのさ、とらちん」
「おう、何だ?」
 あのー、とさり気無さを装いたくも、聞きたい内容が内容なだけに、吉田はやや口ごもってしまう。
 けれども、相手が中学以来の親友という事もあり、思ったよりは割とすんなり出てくれた。
「好きな人から、どういう風に「好き」って言って貰いたい?」
「へ? ………は、はぁあああっ!!?」
 何かを吉田が言うとは思っていても、そういう類だとは全く想像していなかったのか、虎之介は普段出ない様な声を出した。
 本人の意思を外れてでたそれは、思わぬ音量になってしまい、まばらに居た通行人をぎょっとさせた。けれど、そこは2人とも、ちょっとずる賢く「あれ〜今の声は何かな〜〜?」と自分たちも声に驚いたその他大勢を演じて見せた。その甲斐あってか、声の元が虎之介だとは誰にも気づかれずに済んだようである。セーフ!
「ご、ごめん、何だか変な事聞いちゃって、」
 さり気なく、はしなかった方が良かったかもしれない。自分では無く、虎之介の為に。
 吉田は小声で謝り、そして続ける。
「えーと、俺の知ってる人で、そんな感じに悩んでる人が居て……んで、とらちんはどう言うかな〜って」
 色んな人に聞いてみてるんだ、なんてそれくらいの嘘ならすらすら言えてしまえるようになった吉田だった。おそらくは、佐藤の影響である。
 お、俺か?と事情を察しながらも、ミスキャストなんじゃないかとしきりに目を泳がす。
 確かに、自分と同じく、虎之介だって恋の相談相手に相応しい人物ではない。けれども、吉田は虎之介に聞きたいのだ。
 牧村や秋本に同じ事を聞いた所で、思い浮かべるのは生徒会長である女子生徒と、幼馴染の可愛い女の子だ。けれど、虎之介の脳裏に浮かぶのは同姓の山中に他なるまい。
 あまり認めたくは無いが、現在虎之介の意中の人物は山中なのだ。相手の人格・性格はまるで違うけど、同姓を好いているという点では同じ境遇である。まあ、虎之介はその事を知らないけど。
 性別の差で全てが違うとは思わない。が、聞くのであれば1つでも自分との共通項を求めなくなるのが人情ってものだ。幸い、吉田にはその心当たりがあったのだし。
 そう思い、本人には本当の意図は告げず、頼りにしてみた虎之介だが、いざ聞いてみた後、顔を赤くして唸るだけだ。
 無理も無い……と納得出来てしまえる辺り、適切な相手では無かったのかもしれない。
 自分がそうであるように、虎之介だって自身の恋に一杯一杯なのだ。これ以上、何かを詰めたらパンクしてしまう。
 まさに煮詰まっている、というように顔を極限まで赤らめる虎之介に、吉田がごめん、もういい、と質問を撤回させようとした前だ。虎之介が答えたのは。
「……どういう……状況ってのは、あんまイメージ浮かばねぇけど」
 言ってがしがし、と髪が黒いままの後ろ頭付近を掻く。
「そう言う大事な事は、目を見て言うべきだと、思う」
「…………。うん」
 俺もそう思う。吉田がそう言って、2人は何となく笑った。


 とどのつまり、結局は虎之介も自分と同じ意見だったと言う事だ。けれど、無駄とは思わない。むしろ、立ち止まっていた背中を押して貰ったような感だ。
 あれこれ考えて演出するより、自分の思った方法で告げよう。その方が、佐藤も喜ぶ。
 まさに寝入ろうとし、部屋の明かりを消してベッドに横になった時、吉田は密かに決意する。
 今度、また週末に佐藤の部屋に遊びに行く。そこで、ちゃんと言おう。
 俺は佐藤の事が好きだよ、って。
 俺も佐藤の事が大好きなんだよ、って。
 それだけ思った途端、枕を抱えてばたばたしそうな程の羞恥に見舞われるが、それをどうにか抑え込めて挑まないと。
 乗り越えたその先、きっと佐藤の笑顔が待っている筈だから。


 好きだとは言うけれど、すでにお付き合いはしているのだから、変にはりきってしまうのもどうだろう。そう考え、吉田は普段のスタイルで佐藤の所へ赴いた。服装も、態度も。
 しかし、吉田がどれだけ普段を意識していたとしても、意識した所ですでに普段では無いのだ。玄関で迎えた時点から、佐藤は今日の吉田は何かあるな……といきなり勘付いていた。あっさり指摘しないのは、まだ佐藤にとって様子見の段階だからだ。佐藤は、何も解らない状態では、むしろ逆に訊かない。
 少しばかり観察してみて、吉田は何か、自分に言いたい事がありそうだ、という所までは見通せた。さすがに、口にしようとしている内容までは見抜けないけども。
 こうして、部屋に遊びに来て留まっているのだから、佐藤にとって物騒な内容では無い。と、思いたいけど。
(……まさか他に好きな子が出来たとか……)
 まさか、な。
 そう胸中で呟いて、しかしコーヒーを入れる自分の手が、まるで血の気を失ったように白く見えた佐藤だった。


 佐藤のそんな危惧は、完全な勘違いとも言い難い。実際吉田は、好きな人の話題に触れようとしているのだから。しかし、その対象が自分以外しか想定しないのが、佐藤の悪い所である。弱い所、かもしれない。
 何かを胸に秘めている吉田は、普段より口数が少ない。その沈黙と、いつもより動いて無い口を気にしてか、用意したビスケットをもぐもぐと食べている。可愛いなぁ、と佐藤は目先の光景に溺れてみる。
 佐藤は内心、吉田が何を言うかひやひやしていたが、吉田は吉田で、何時言い出すべきかドキドキしていた。やっぱり、こういうのは雰囲気が大事だと思うし、ある程度流れを作ってからじゃないと、いきなり言われても訳が解らないだろう。
 佐藤からの告白も、まあ突然と言えば突然だったが、その前に始終佐藤を意識させられ、布石を置かれていたようなものなので、その告白は飲み込めた。
 あー、そっか。事前に何かフラグ立てておくべきだったかな……とミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら、吉田はいきなりダメ出しを見つけてしまった。最も、その時と完全に同じ状態では無いのだから、吉田が同じように準備しても有効かどうかは怪しい。片想いの相手に告白するのではないのだから。
 片想い、と浮かんだ単語に、吉田の顔が熱くなる。一応は両想いだからだろうか。余計にその言葉が甘酸っぱく、くすぐったく思う。
 佐藤の方が告白して来たのだ。佐藤は多分、自分に片想いしていたのだろう。誰にも知られない内に、告白して来た可愛い女の子まで断って持っていた片想い。
 そう思った事が、吉田に決意をさせた。よし、このコーヒーを飲み終えたら言おう。
 傾けた時、底が半分以上見えたカップに、吉田が決めた。
 ぐいっと全部を空けたカップを、テーブルに置く。その時、トン、と軽く音を立てさせる程、動きに勢いがついた。それは、吉田がこれからしようとする事に対し、緊張と高揚からさせた仕草だ。実に些細なものではあったが、吉田の一挙一動には振りまわされるくらい無視出来ない佐藤は気付いた。吉田が何か決めた、と。
 何かを言い出したい吉田。でも、言い難そうにしている。
 こんな時、佐藤の想像は悪い方にしか働かない。
「――あ、そうだ。DVD、見ようか」
「……へっ?」
 吉田が何か言おうと口を開く。その様子は、施設で鍛えられた洞察力で見抜くのは容易い。
 吉田の台詞が始まってしまう前、佐藤は急に言い出した。喋る前に話の腰を折られ、きょとんとしてしまう吉田。
「前に、見ようとして見れなかったの、あったろ」
「うん……え、それ、買ったの?」
「まあね」
 買っちゃえば、見たい時に見れるし。言いながら佐藤は、我ながら言い訳くさい……と軽く自己嫌悪していた。
 吉田が話を切り出そうとしたのを、邪魔した自覚は勿論ある。逃げない為に帰国したのに、これじゃまるで進歩が無い。
 せめて、今から見る映画が終わるまで。
 仮に本当に別れ話だったとして、いきなり告げられたのでは、本当に心臓が悪い。
 何を言われたとしても「佐藤隆彦」でいられるように。
 見っとも無い自分は曝け出さない様に。
 最もどれだけ取り繕ったとしても、吉田には通じないかもしれないけど。


 何だか上手くいかないな、とDVDの再生画面を長めながら、吉田はううん、と唸りたい気分だった。
 好きな人に好きっていうのは、大変なんだな、と今更に思い知った。
 そんな複雑な心持だったというのに、いざ映画が始まると思いっきり堪能してしまった。ジャンルがコメディだったので、腹を抱えて笑う事すらあった。佐藤はあまり声を上げて笑う事が無いので、自分だけの声が室内に響くが、それも慣れてきた事だ。笑い声を上げないだけで、佐藤が楽しく無い訳でも無いというのも解っている事であるし。
 洋画だったので、吉田は吹き替えで見たいと強請ってみたが、佐藤はあっさりそれを却下する。何を言っているか解らなくても良いから、英語を少しでも耳に聞かせておくべきだ、と言って。吉田の英語は、相変わらず酷い。それでも、少しは前に行っているのだと思う。一歩、なんてほど大きなものでもないが、じりじりとそれまでの所からは抜け出ている感はある。
 佐藤が親身になって教えてくれている今だから、何とか落第せずに居られる。これが居ない状態であったらと、想像するだに恐ろしい。思うに自分は、英語という科目に最初から躓いていたような気がする。
 もしも。
 最初から、中学のカリキュラムの時から、佐藤に教えてもらっていたら。
 そんな事をふと思い、あり得ない絵空事は早々に頭の奥に仕舞いこんだ。遡れない過去より、突き進む前の方が吉田には重要なのである。
 その為にも、ちゃんと好きって言わなきゃ。
 勇気が要るのは、その一言が関係を変えてしまう程の力を持っているからだ。言霊、という概念を何かの折にちらりと聞いた様な気がする。
 すでに付き合っている状態で、何が変わるのかと恐れているのだろうと思うけど、その余地は確かにあると思う。
 例えば、最後までしていないし。
「…………」
 いや、好きと言った直後に、さすがに佐藤もいきなり事に入るとは思わないが――いやでも、佐藤は告白の直後にキスしてきたっけ。むしろ告白の前にもして来たけど。
 ここに来て思わぬ事態の想定に遭遇してしまい、吉田はまたも思考がぐるぐるして来てしまった。もうすぐ、映画も終わると言うのに。
 吉田には何一つ読めないエンドロールがひたすら流れる。いつもはじれったいくらい長いそれは、今日に限ってあっという間に感じられた。
 ああ、終わってしまった、と何かの宣告のようにENDの文字が画面に広がる。
 いや、でも。
 言うんだ。佐藤に。
 ちゃんと好きって言わないと。だって佐藤は言ってくれるもの。
 佐藤に好きだと言われた時、照れ臭くてくすっぐったいあの気持ちを思いだし、吉田はよし!とソファから立ちあがった。
「さ、佐藤!!」
 DVDを回収していた佐藤は、その吉田の声に振り向く。驚いたようで、目が何時に無く見開かれ、きょとんとしていた。
 吉田が何かを言いたいのだろう、とは思っていた佐藤だが、こんな切り出し方とは思っていなかった。というか、コメディ映画を見て声を出して笑う様子を見て、吉田の中でその件は忘れられたのだろう、と油断していたのだ。まあ実際、笑っている間は忘れていたのだろう。なのに思い出したのか。どうやら、吉田の中で余程大事な事なのだな……と佐藤も、それを正面から聞く為に腹を括る。
 ん、何?と吉田に尋ねる時は普段を装う。ここで自分が動揺を見せてしまえば、吉田はその口を噤んでしまうかもしれない。これだけ必死に言いたげなのだ。ならば、言わせてやるべきだろう。それが自分にとっての善し悪しかどうかは判断するべき所では無い。
 佐藤のその気遣いは功を奏したか、吉田は無駄の多い動きながらも、台詞らしきものを発し始めた。
「あ、あ、あ、あのな、俺な、」
 言いながら、吉田の顔はどんどん赤くなる。たちまち、頬も顔も真っ赤になって、もはや昔と違って伸びた髪から僅かに覗く耳ですら、目で解る程に赤い。
 そんな吉田の様子に、佐藤はどうやら自分の杞憂は杞憂で終わりそうだと感じた。別に今まで見た覚え等は無いが、これはとても、別れを切り出す者の顔では無い。
 それなら、何を言いたいんだろう、と初めの純粋な疑問が過ぎる。ここ最近、自分達の間で何かあったっけ?と佐藤は振り返る。とは言え、佐藤に心当たりがなくても、吉田側で何かが生じてそこから動機が生まれる事は多々ある。自分の女性経験について訊かれた時は、さすがに答えに窮したな、と振り返るのがちょっと躊躇われる過去を思い出す。
 けれども、思ってみれば、今の吉田はあの時と少々似ている。と、いうことはつまり、そういう内容の事、と言う事だろうか。
 最大の地雷である女性問題については、すでに触れられているから、後はもう何が来てもどうって事は無い。此処に来て、佐藤はようやく余裕を持って吉田を見つめる事が出来た。
 極限まで顔を真っ赤にして、頭の中がぐるぐるしているのが手に取れるように見て解るのが可愛い。
「お、俺、その、」
 おお、「俺」からちょっと進んだぞ。吉田頑張れ〜と胸中で呑気に応援して見せる佐藤だった。DVD再生のOA機器の場所から移動し、吉田の前に落ち着く。吉田がやや俯き加減になると、佐藤にはもはやつむじしか見えない。
 いや、普通にして居たら佐藤は吉田の頭の頂きしか見えないのだ。顔が見れるのは、吉田が自分を見てくれているからに他ならない。
「俺、えっと、佐藤の事、……」
 自分の名前が出て来て、解っては要る事だけど、ちょっとドキ、となった。
 これだけ一生懸命に、吉田は自分に何を伝えたいのか。
(……あ、もしかして)
 この時、ぽっと浮かんだ予感は、佐藤を天まで舞い上らせるもの。つまり、これから吉田が言おうとして居る事、そのものだった。
 佐藤がその可能性にようやく辿りついたのと、吉田がとうとう限界を迎えてしまったのは、ほぼ同時だった。
「……う、……す、………っっ!!〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「よ、吉田!?」
 佐藤が慌てたのは、それまで拳をぎゅうと握り、棒立ちだった吉田がいきなり走りだしたから。
 慌てたが、その方向は玄関とは殆ど真逆であった。と、いうか、寝室に吉田は駆けこんでいた。
 まあ、状況が状況なので、そんな雰囲気にはならないだろうが、佐藤はそっと寝室に足を踏み入れる。
「吉田?」
 見れば、ベッドの上に大福餅みたいなものが出来ている。勿論、シーツをがばりと被って蹲っている吉田だろう。
 顔も見れない、という事だろうか。なんだか解り易いな、と小さく吹き出し、やはり吉田の言いたい事は自分のさっき思った事と同じのようだ、と佐藤は確信を深める。
 佐藤は、勿論言って貰いたい。
 でも、言えないからって、その気持ちを疑うでもない。吉田が自らも言ってくれた。大事な事だから、滅多な事では言えないのだ。
 それなのに、今日は言おうと、きっと吉田は一杯頑張ったのだ。いや、今日だけじゃないのだろう。
「吉田」
 ごく近くまで寄って、そう呼べばびくり、とベッドの上の白い塊が動く。
「そこでずっとそうしているつもりか? 俺はその方がいいけどv」
 本音を滲ませ佐藤がそう言うと、のそり、と吉田も動いた。シーツは頭に引っかけたまま、ベッドの上で膝を抱える。強い羞恥に見舞われた為か、その目がうっすら涙ぐんでいた。いや、もしかして少しは泣いていたのか。ぐす、と吉田は鼻を軽く啜る。
「……言おうと思ったのに」
 どうしても言えず、挙句身を隠せる場所へと逃げ込んでしまった。何から逃げたのか、吉田本人も良く解らない。
 自己嫌悪に駆られる吉田の前、佐藤もベッドの上に乗り上げ、その上で対峙する。
「うん、解ってる」
 と、佐藤。
「好きって、言おうとしてくれたんだよな?」
 絶対その筈、とは思っている癖に、最後は疑問形で尋ねてしまう。佐藤は確信できても、自信が持てないのだ。
 吉田は、うん、とこっくりと頷く。それだけで、佐藤はとても満たされる。
「うん、でも、言わなくても解ってるから」
 シーツが被されたままの頭を、優しく撫でてみる。が、そんな優しい仕草に、しかし吉田は不満そうに佐藤を見上げた。
「でも佐藤、言って欲しいんだろ?」
「…………」
 面と向かって訊かれると、何だか恥ずかしい。顔がムズ痒くなるのを感じながらも、佐藤もそこは素直に「そうだけど」と応じてみる。
 言って貰いたいのは確かだが、そんなに物欲しそうな態度だっただろうか。そう思われていたのなら、何とも恥ずかしい限りである。
 言って欲しい、という佐藤の返事に、吉田は言えなかった自分に対し、いよいよ落胆して肩を落とす。好きだとは言って貰いたいが、けれどその態度は間違っている、と佐藤は思った。
「吉田、好き」
 今、自分がこう言うのは、吉田を抉る様なものだと解っているが、佐藤はそれでも言った。案の定、吉田の顔がくしゃりと歪む。
 吉田の顔が歪むのを間近に見ながら、佐藤は言うのを止めない。
「好き。好き。大好き。大大大好き」
「ちょ……ちょ、佐藤!!?」
 好きの連発に、吉田は自己嫌悪もどこかに吹き飛ぶ程、うろたえた。好きと一言言われるだけでその処理にいっぱいいっぱいなのだ。連続で言われたら、たちまちパンクしてしまう。
 アワアワし始めた吉田に、佐藤はふっ、と顔を緩め、それからキスをした。吉田の身体が一瞬固まり、そしてすぐに解れる。
「吉田が言えない分は、俺が言うからさ」
 佐藤が言う。それって、何か意味あるのかな?と吉田は疑問しきりではあったが、佐藤が綺麗に笑って言うから、それで良いんだろうか、と思えてしまう。
 好きと中々言えないのは、膨らみ過ぎて中々外に出てくれないからだと吉田は思った。その気持ちは日に日に増えていくから、先延ばしにすればするほど、中で閊えて出て来れなくなるんじゃないか、と。
 でもそうじゃないのかな。地中の種のように、待てば外に飛び出るようなものなのかも。とりあえず、今はそう思うしかない。
 けれど、今日このままで終わるのもあまりに見っとも無い。
 吉田はせめて、好きにかわる何かの言葉を、佐藤に言ってやりたかった。
 偏差値があまり高くは無い脳内で、必死に類似語を検索する。そこで、かつて言われたあの言葉を思い出す。
「あのさ、佐藤」
「ん?」
 依然として、ベッドの上で向き合う佐藤と吉田。おかげで視線はちゃんとかち合う。
 そして吉田は言った。佐藤の目をしっかり見ながら。
「俺の本命、佐藤だから」
 と。


 直後、佐藤は中で何かは破裂したように、たちまち真っ赤になった。
 ついでまた眉間に皺が寄る、例の「ヘンな顔」になり吉田は笑う。
 佐藤は言わなくても解ると言ったが、吉田も、佐藤のこんな表情を見ると、自分は好かれているのだなぁ、と思うのだ。




<END>




*どうでも良い事ですが、これがSSの100作目です*^^
 これからも新規一転、さとよしSS頑張りますね!^0^ノ*