吉田を部屋に誘う手段として、まずは校内でキスする脅し、次いで宿題教えるからと言ってそれが無ければ菓子で吊る。これらのいずれかをすれば、吉田は部屋に来てくれる。まあ、普通に誘って普通に来てくれるのが、佐藤としては何よりなんだけども。
「吉田、和菓子とか好き?」
 今日は甘いもので吊る事にした佐藤は、放課後になってそう尋ねた。
「うん、好きだよ」
 からっとした笑顔で言う吉田。こういう好きはすぐ言えるのにな、と胸中で佐藤。
 付き合っては居るものの、吉田からの好意の明言をまだ聞いては居ない佐藤としては、ちょっと考えてしまう。
「ウチに桜餅あるんだけど。食べる?」
「うん!食べる食べる!えー、良いの?」
「いいよ、勿論」
 明け透けに喜ぶ無邪気な吉田を見ていたら、佐藤も詰まらない事で気を病むのが馬鹿らしくなった。いや、詰まらない事でもないかもしれないけど、傍に吉田が居るのだ。それ以上の事は、今は良いじゃないか。
 ふっと引き締めていた顔の力が抜ける佐藤。と、その時吉田は軽く目を開いて、ちょっと佐藤から目を背ける。
 どうしたんだろう?と佐藤が訝しんでいると、吉田がぽつりと言う。
「……そーゆー顔、あんま女子の前とかでするなよ」
「ん? ヘンな顔でもしてたか?」
 最近、吉田と付き合うようになって富みに素の部分が出るようになってしまっている。昔はもっと上手に隠せてた筈なのに、吉田が自分の心を酷く揺さぶるから。
 そんな時、吉田は「ヘンな顔」と言って佐藤をからかう。今もそんな表情になってしまったのか、と思ったが吉田は違う、とまた呟く。
「そーじゃないって」
「………?」
 何やらよく解らないが、耳まで赤い吉田は可愛い。
 それに今から部屋に誘うのだ。ここで妙な事を言ってしまって、それが反故になっても困る。
 何やら言いたげで、それ以上に言い難そうな、吉田の方こそ変な表情になって、佐藤はそんな事さえも愛しく思えた。


 いつもはコーヒーや紅茶を出すけども、やっぱり桜餅には日本茶だろう。幸い煎茶があったので、それを淹れる。あまり嗅がない香りだが、ふっと鼻孔に浸透する芳香は心が休まるかのようだ。
 お待たせ、と部屋で胡坐をかいて待つ吉田に菓子と茶をお盆に乗せた佐藤が訪れる。すっかり寛いでいる吉田の様子に、佐藤は嬉しくなった。自分の空間に吉田が居る。佐藤にとって、ある意味奇跡の様な光景なのだ。
 桜餅は3個。勿論吉田に2つである。3つ全部あげても良いのだけども。
「ん、美味しい。桜餅とか久しぶりに食べたかも」
 もぐもぐ、と薄ピンクの文字通り桜色をした生地で餡子を包んだ菓子を口に含み、吉田は美味しそうに咀嚼する。自分で食べるよりも、吉田のそんな姿を見る方が佐藤は余程腹も胸も膨らむのだった。
 和やかな気分で見ていた佐藤だが、吉田が桜餅の葉っぱを口に含んだ所で、思わず驚きに声を上げた。
「えっ、それ食べるのか?」
「え、食べないの?」
 双方、同じ事をほぼ間逆で尋ねる。
「だって、それ、葉っぱだぞ?」
 食べるものじゃない、と言いたげな佐藤。しかし、吉田は。
「でも、美味いよ。ちょっとしょっぱくってさ、口直しみたいな?」
「いや、だけど、柏餅の葉と同じじゃないのか?ソレ」
「違うってー!さすがにそれは食べないよ」
 そんなやり取りの後、佐藤も桜餅の葉を口に入れてみるが、やはり違和感が勝ってしまう。
 ちなみに後日佐藤が調べた所によると、桜餅の葉は食べても良いけど食べる為に着けている訳じゃないよ、という事らしい。
「そういやさ、」
 と、2個目に取りかかりつつ、吉田。
「今年は桜が咲くの遅いだってな〜」
 ニュースで言ってた、と付け加える。吉田と同じニュースでは無いかもしれないが、そんな内容は佐藤も聞きかじった覚えがある。3年間日本を離れていた佐藤としては、開花の妥当な時期なんてよく解らないが。
「公園の桜もまだまだ蕾だし。早く咲かないかな」
 そう言う吉田だが、生憎純粋に花を愛でたいと言う高尚な思考からの発言では無いのが、佐藤には手に取る様に解る。
「そうだな。花見の屋台も出ないもんな」
 喉の奥で笑うように、そう言うと図星を指された吉田がうっ、と詰まらす。勿論、その原因は桜餅では無い。
「花より団子か〜。ことわざって良く出来てるv」
「何だよ、悪いかよ」
「ううん、可愛くて良いよ」
 揶揄した後にこれである。吉田はまたも、うっと詰まった。そして、顔を赤らめる。
 気を紛らわせたいのか、もぐもぐ、と残った桜餅を食べていく。解り易い行動の吉田が、佐藤は好きだ。
「なあ、吉田。桜咲いたら、花見しようよ」
 食べ終わり、指先をぺろりと舐めていた時、佐藤がそんな事を言う。
「どこでもいいけど、近くでも良いけど。俺としては、ちょっと遠くの名所まで行ってさ、弁当持ってじっくり花見したいな〜とか思うんだけど」
 どう?と自分のプランを言って見せる佐藤。吉田は、瞬きを一回した。
「佐藤って、そんなに桜が好きなんだ?」
 意外とも納得とも言えそうな吉田の表情。それに佐藤が「まあ、久しぶりだし」と言えばすぐに頷いて見せた。
 吉田としては、佐藤が3年ぶりの桜をじっくり鑑賞したいのだ、と思ったのだろう。
 けれどもそれは見せかけの口実である。佐藤は思う。自分達の出会いも再会も、きっと桜の花の下で起こっていた。けれど、佐藤はその時認識が無かった為に、その時の吉田をすっかり見逃してしまっている。それが、何だか物凄く損をしたような気分になった。損とか得とか、そんなもので括るものでもないのだけども。
 佐藤にも花を美しく思う感情はあまり無いけど、桜の花の元に居る吉田は、きっと綺麗だ。それは是非、見てみたい。
「じゃ、春休みだな」
 にかっと吉田も嬉しそうに笑う。
 先の事を楽しみに思う。そんな事は、小学生の時分では考えられない事だった。それを吉田は、容易く起こしてくれる。
 吉田にだけ酷く揺さぶられるこの心は、本当に吉田以外には反応しないのかもしれない。
 でも、それで十分だと思う。
 この先、吉田と離れてしまっても、かつての事を思い出し、この心はどうしようもなく疼くだろうから。
 桜が咲いて、その下に佇む吉田の姿を覚えて居よう。
 そうすれば春が来る度、その花が咲く度に、感情はざわめく。
 それはこの上ない、吉田が自分の傍にいたという、何よりの証拠になるだろうから。
「楽しみだな、花見!」
 ある種歪んだ想いを抱える佐藤と違い、吉田はどこまでも真っすぐだ。ただただ、佐藤との花見を楽しみにしている。
「ああ、そうだな」
「弁当って、作る? あ、向こうで買えば良いかな」
「ん〜、そういう店があるならいいけど……作って行った方が確実かもな。俺、作ろうか?」
 佐藤の申し出に「いいの?」と喜色を浮かべた吉田だが、それはすぐに引っ込んだ。そして、代わりの様に警戒の色が濃く強く出る。
「何だよ、その顔。辛いのとか入れないって」
 吉田の表情の意図を素早く読み取り、にやり、と佐藤が言う。
「そういって、佐藤、いつも入れて来るもんな」
 あの時もこの時も、と吉田が指折り数えていく。それが軌跡のように見えて、佐藤は目を細めた。
「なら、一緒に作ろうか」
 特に何か画策したでもなく、ぽっと浮かんだ事をそのまま言ってみる佐藤。まだ佐藤に騙された事を数えていた吉田は、それに佐藤の方を見やる。
「うん、そうだな。それが良いな。そうしよ!」
 まるで花が咲く様に、吉田は笑う。
 もしかして、自分は毎日花見をしているのかもな、と佐藤はひっそりと微笑んでみるのだった





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