およそ大体の男子高校生が親(特に母親)に言われる台詞として、まず「早く起きなさい!」であり次は「部屋を片付けなさい!」であろう。
 土曜日。部屋でごろごろしていた吉田は、母親からその小言を貰い、怠惰で甘美な時間に終わりを告げ、のっそりと部屋の片づけに向かった。
 吉田の部屋は佐藤の部屋に比べ、はっきり言って散らかっている。とは言え、菓子の食べ残りなんてものは無いので、不潔な感じは無い。……まあ、だらしない感は否めないが。
 部屋を雑多に見せている主な原因は床に直に置かれた雑誌類であろう。一番古いバックナンバーは2カ月前に迫ろうかというものであった。ちょっと溜め過ぎたかな、と少しだけ反省する。
 と、雑誌をまとめていると、母親が急に顔を覗かす。
「なんだよ、ちゃんと掃除してるって」
 怠けてると見に来たと思った吉田は、そう母親に告げる。
 それも勿論あっただろうが、本来の目的は違う事だったらしい。
「月曜日不燃ごみの日だから、要らないものまとめときなさいよ」
 いいわね?と念を押し、部屋の前から消える。
 ああ言われたからには、不燃ごみの1つや2つでも出さないと、掃除をサボったと言われかねない。やれやれ、と吉田は物を雑多に詰めているダンボール等を引っ張り出した。
 捨てるに辺り、何が一番困るかと言えば、思い出の品だろう。キーホルダーなんて滅多に使わないだろうけど、かと言って捨てるには忍びない。
 誰かの土産のもあるし、はたまた旅行先で自分で買ったのもある。
 そういや、こんな所にも行ったな、と机の引き出しを漁るのと一緒に思い出も探って行く。
 と、一番下の机の奥の方、何やら透明なボールみたいなものが頭を覗かせていた。なんだろう、と取り出してみれば、それはボールでは無くて、スノードームだった。半球のドームの中、枝のみの白い樹が立っている。
 それを眺めていて、吉田はやおらスノードームをひっくり返し、また元に戻す。すると、中にあった小さい銀紙がちらちらと、それこそ雪の様に樹の周りに降り注ぐ。掌に収まる幻想的な光景だ。
 これはどういう経緯で自分の手元に来たのか、と吉田は記憶を辿り寄せる。
 確か、これは父親に買って貰ったものだと思う。
 今でこそ、出張に次ぐ出張の父親ではあるが、まだ自分が小さかった頃は家族サービスに精を出し、色んな所に連れて行って貰った。時にはその先で、お化け屋敷に入れないトラウマも作ったりもしたが……
 このスノードームは、そんな時期に買って貰った物なのだろう。
 父親に強請って買って貰ったとは思い出せれても、何故欲しかったのかまでは思い出せない。
 そんな、今となっては遠い思い出となった頃に。


 昏い空である。しかし、真っ黒ではなく、青色がうんと深まったようなその空は、吉田に恐怖は与えなかった。
 周りをちらちらと舞い落ちる雪が、吉田に孤独を感じさせないのだ。
 単純に白いだけではなく、星の様に光を瞬かせているような雪の中、吉田は歩いてその場所に向かう。途中、マフラーがずり落ちて巻き直した。
 小高い丘の、白い枝だけの樹。
 その元に立つ、背の高い人物。
 ――佐藤
 そう呼んで、その相手は振りかえり、優しく笑って出迎える。
 吉田はそんな佐藤の手をそっと握って、2人で歩き出したのだった。




「―――っは!」
 寝ていた!と吉田が気付いたのは目を覚ましたからだった。
 ちょっと休憩、とベッドの上で寝転びながら漫画を読んでいたら、そのまま寝てしまったようだ。夕食前に起きれて良かった。でなければ、呼びに来た母親の雷の1つでも落ちていただろう。
 それにしても恥ずかしい夢だったな〜と吉田は置き上がったベッドの上で、むぅ、と眉間に皺を寄せる。そして、顔を赤らめる。
 さっき見た夢の中、自分が居たのが紛れも無くこのスノードームの中の光景だ。見つけ出した後、何となく机の上に出したままにしておいた。
 それは良いのだが、何で佐藤まで。
 しかも、手を繋いじゃってるし……と頭を抱えて突っ伏す。
 と、その時、携帯のランプがピカピカと点灯しているのに気付いた。これは着信の合図である。
 開いてみれば、佐藤からのメール。どうやら、このメールの音で自分は目を覚ましたようだ。そして、起きた直後に音は止まってしまったらしい。だから、今まで気付けなかった。
 開いてみれば、佐藤からのメール。今、佐藤は実家に帰っている……というか、戻っているというか。
 昼寝から吉田を起こした佐藤のメールは、何て事無い内容だった。吉田が居ないと退屈で詰まらない、というそんなものだ。特に返事を求める無い様でも無く、独り言みたいな文面だ。
 何をメールで送って来てるんだか、と吉田は脱力したような笑いに見舞われる。
 佐藤が思った事そのままをメールしたようなので、吉田も今の自分のありのままを送る。部屋の掃除していた、と。
 メールをして、そういや掃除中だったな、と思い出して吉田は作業を再開させた。ちらほら、と不要な物を選別していく。
 夕食を挟んで掃除をした甲斐もあり、大分部屋の中がスッキリした。別に散らかっていても良いや、と思うけども、やっぱり片付くと気分が良い。この状態がいつまで保つかはこの際気にしない事にしよう。
 基本、置いてある物の減った室内ではあるが、新しく置かれたものもある。
 さっきのスノードーム。
 長い間奥の方に仕舞われていたのだ。見つけたのも何かの縁だし、と少しホコリのついていた表面を拭って綺麗しに、棚の上にちょんと置いた。それを見て、さっきの夢を思い出す。
 今度、雪の降る時。そしてそれが昏い夜の中で佐藤との逢引であったなら、夢の中で見たように佐藤の手を取って繋いでみようかな。
 そんな事をつらつらと考えて、佐藤の居ない吉田の休日は更けていく。
 でも考えるのは佐藤の事ばかりで、無性に恥ずかしくなった吉田は枕に顔を埋めたのだった。




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