*前の話(ext90)の舞台裏?のような話も含みますですので^^




 現在、吉田にはちょっとした気がかりがあった。それは何かと言えば、親友である虎之介の誕生日が近々迫っている事である。その事自体には何ら問題は無いのだが、しかし原因にはなっている。
「何だよ、一体」
 と、吉田に向かって行ったのは山中である。山中が吉田に相談を持ちかけるのと似た様な時間、そして同じ場所ではあったが、決定的に違ったのは今回、吉田が山中を呼び出したという所だった。
「俺今日、とらちんと遊びに行きたいんだけど〜」
 どうせ金もたかるつもりだろ!と吉田は胸中で悪態をついて、山中に言う。
「なあ、もうすぐとらちんの誕生日って知ってる?」
 吉田がそういうと、山中急ににやけだした。
「勿論! その日はもうとびっきりの日にしてやるんだ〜! あー、楽しみ!」
 やはり知っていたか。ここまではまだ良い。
「んで、プレゼントってどうするんだ?」
「何で吉田にンな事言わなきゃなんないんだよ」
「…´別に何をあげるかは良いんだ」
 と、吉田はここで呼び出した目的の話を切り出す。
「そのお金、どこから出るものかって俺は聞きたい」
 それまでは頬杖ついて不遜な態度すら取っていた山中だが、吉田の本題に表情が止まる。
「…………………それは、まぁ〜……いい感じに、」
「何が良い感じに、だぁ――――!」
 しどろもどろな山中に、吉田はガタン!と立ちあがり、山中にビシィッ!っと指を突きつけた。
「まさかとは思うけど、ほかの女の子から金をせびるとか、はたまた買って貰うとか考えてたんじゃないだろうなっ!?」
「だって……普通の高校生の稼ぎじゃ、とらちんに良い物あげられないんだもんッ!」
「だもんとか言うな!だもんとかっっ!!」
 どうやら吉田の抱いた危惧はそのまんま現実だったようだ。頭を抱えたくなる吉田だが、今はそれよりも先に山中である。
「あのなぁ、良い物って別に金をかけりゃ良いってもんじゃないだろ?出来る範囲でやれる事やればいいんだよ。肩叩き券とかでも良いんだからさー」
「肩叩き券って……プッ、」
「好きな奴のプレゼントを他の女の金で買おうとしたヤツが笑・う・な」
「……ご……ごめんなひゃい……」
 頭を両端から渾身の力で押さえつけられながらも、謝罪を口に出来た山中はある意味健気であった。
「……でもさ、俺はやっぱりずっと形で残る物をあげたいし……それにはある程度金をかけなきゃダメだろ?」
「だ・か・ら、そこも含めて自分の力で何とかしろって言ってんだよ俺は!!!稼げ!自分で!!」
「えー、だって学校終わったらとらちんと一緒に居たいのに〜。
 とらちんだって俺が居ないと寂しって、」
「や・か・ま・し・い」
「うぐっ……!く、首……はっ……がはっっ!!!」
 頭の次は首を絞められ、顔を青ざめる山中だった。


(あ〜〜もう山中め! 心配するのは余計かなと思ったけど、とんでもなかった!っていうか、足りないくらいだった!!)
 山中を酸欠で昏倒させた吉田は、そのまま山中をほっといて帰路に着く事にした。あの締め具合なら10分もしないうちに回復するだろうし、山中はしぶといから全く問題無いだろう。
 山中はとりあえず締めておいたが、問題は全くと言って良い程解決はしていない。山中が佐藤とはまた一味違う意味で目的の為に手段を選ばない性質なのは、他でも無い吉田が一番よく解っている。佐藤に勝ちたいだけでゲイでもないくせに、同性の吉田を襲おうとしたのだ。あまりに浅はかだが、実行に移すエネルギーだけはたっぷりあるヤツなのである。
 このままほっとけば、結局は軍資金を女達から調達するのだろう……というかしてしまうのだろう。
 吉田は悩む。
 それがバレたらとらちんが山中をボコボコにするだろうけど、その原因が自分へのプレゼントの為だと知った時には自分を責めてしまうのではないだろうか。それこそが吉田が心配に思う所だった。金を取られた女性たちにも勿論、自分の為にとそうさせてしまった山中にも人の良い虎之介は申し訳なく思うだろうし。
(プレゼント代なんて、自分で稼いでナンボだってのに、ホッントにろくでなしなんだから山中の奴は!!)
 不本意だが、かなり不本意だが、ここは山中に出来そうなバイトを斡旋するのが最も手っ取り早い解決の様だ。なんであんなヤツの為に仕事を探してきてやらなくちゃならないんだ!と憤りながらも、お人好しの親友を思って探してしまう吉田もまた、やはりお人好しなのだった。
 ただ、ついこの前まで中学生で高校生になったばかりの吉田には、バイトの探し方が良く解らない。
「なー、佐藤。あまり長い期間じゃなくて賃金もそこそこで良いから、どんなダメなやつでも出来そうなバイトって無いかな?」
 年齢こそ同じだが、佐藤は自分より余程物事をよく知っている。バイト自体は知らなくても、探し方は心得ているかもしれない。
 吉田には深い訳があってそう尋ねた訳だが、いきなり訊かれたも同然の佐藤は、一瞬きょとんとした。
「どうした、もう小遣い無くなったのか?」
 いやそうじゃなくて、と吉田も突然過ぎた発言を今ごろ恥じた。ちょっと頬を赤らめる。
「その〜知り合いが、好きな人の誕生日プレゼントを買うお金を稼ぎたいから、何か仕事無い?って」
 かなり脚色は加えたが、大筋は嘘ではない。
 けれども、依然として山中に怒りを抱えている佐藤にはその存在は隠したままの方が良いだろう。吉田は慎重に言葉を選んだ。まあ、そんな折角の吉田の努力も、佐藤にはお見通しだったりする訳だが。
(なるほど、高橋の誕生日か)
 そう言えば、その日が近い事を佐藤は吉田の発言で思い出した。虎之介の誕生日が佐藤の記憶にインプットされているのは、吉田が何かの折にこの日がそうなのだ、と日常会話に上らせたからだ。佐藤は虎之介の情報としてではなく、あくまで吉田の発言として記憶している。
 確かに、恋人(仮)の誕生日となれば、誰だって張り切るだろう。だがしかし、山中のはりきりは吉田の倫理観の根底からそぐわない。しかもその矛先が親友に向くのだというから、ほっとけないという寸法だ。全く迷惑な話である。こっちはこっちで色々大変なのに。
「そう……だな。今急には無理だけど、明日までには何か見つけて来るよ」
「えっ、いや、その、あるかどうかだけで、わざわざ探して貰わなくても……」
「でも、見つからないと吉田が困るんだろ?」
 そう佐藤が言うと「……そう、だけど……」と返事してしまう吉田だ。嘘が下手というより、苦手なのだろう。
 完全に自分の都合だから、と言う吉田に、吉田の悩みなら力になりたいという佐藤。
 佐藤を煩わせたくない、という吉田の気遣いは嬉しいが、佐藤としては山中関連の悩みなんて吉田の中から早々に吹き飛ばしてやりたいのだ。可愛い吉田の意識の中にあんなヤツの存在があるだなんて!許せん!!!
「……えっと、じゃ……頼んじゃって、いいかな?」
 吉田自身、どう見つけたら良いものか、考えあぐねていたのだろう。縋る様な目を向ける。
 だったら最初から頼ってくれたら良い物を。責任感が強いとそれも難しいのだろうか。けれど、自分にはそうして欲しい。
 まあ、見返りはちゃんと貰うけど、と吉田が頼りにしない最大の原因を思う佐藤だった。


 そんな訳で、後日佐藤はさっそく、ティッシュ配りのバイトを吉田に斡旋した。これなら技術もへったくれもないだろうし、何せ愛想だけはある奴だ。山中という奴は。
 吉田も、これなら山中でも大丈夫!という結論に至ったか、何度も佐藤にありがとうとお礼を連呼した。少し、気分の良くなる佐藤。この時こそ余計に山中の事は忘れた。
 さて。
「って事で、このバイト紹介してやるから」
 メールで転送して貰ったバイトの情報を山中に見せながら、吉田はそう言う。
 一方の山中と言えば。
「え〜〜〜? ティッシュ配り〜〜〜?
 なんだか地味だし、やりごたえなさそうだし、ずっと外に出っぱなしだし、何かな〜〜〜」
「……………」
 吉田は雑多に物が詰められている資料室を見渡した。何かあの頭に刺激を与えられるものは無いか。文鎮を見つけた。よし、これだ。
「ちょっと待て―――!! 普通に凶器だろ、それ!!!!」
 大理石製の文鎮を手にした吉田に、山中は本気の焦りを見せた。それは正しい。だって吉田も、本気で殴ろうとしたからだ!!
「い―――加減にしろよお前は! どこまで馬鹿なんだ!! 仮にも好きな子の誕生日だろ!? 少しくらいキツくっても辛くっても、頑張ってみせたらどうなんだよ!!!」
「いやでも、楽に出来るならそれにこした事、ないじゃん?」
 頭と顔をガードしながら言う山中。
 ダメだこいつ、もうどうにもならん……!と全てを投げかけた吉田だが、脳裏を過ぎる親友の姿にそういう訳にもいかない。
 ――そうだ! と、吉田は閃いた。
「……とらちんって、人情派だからさ〜。そんな自分の為に普段はしないバイトしてお金貯めたなんて聞いたら、すっごく感激すると思うんだけどな〜〜」
 吉田はまるで独り言のように呟く。
 ガタッ!と山中は立ちあがった。
「えっ!? マジで!?」
 食い付いた山中に、吉田は思わず「計算通り……!」と新世界の神みたいな気分になった。
「そうそう。とらちんは真心を大事にするタイプだから。何を買ったか、よりどう買ったか、の方が効くと思うんだよな〜〜」
「そっか……おお、そうだよな!」
 またも吉田の呟きに、大きく頷き感銘を見せる山中。
「さすが吉田! 腐ってもとらちんの親友だな! 良い事言うな〜〜〜」
「……………」
 とりあえず、バイトをする気にはなったようなので、その頭に文鎮は勘弁して、誇りを被った広辞苑を食らわせてやった。


 結局その後、吉田は山中をバイト採用先にまで連れて行ってやった。自分で「なんでここまでしてやってんだろう…」と遠い目をしたくなったが、そこは虎之介を思って何とか踏ん張った。
 内容は地味でも、仕事先が美容室という晴れやかな職場である事に、山中はちょっと気を良くしたようだ。これなら初日で逃げる事も無さそうだな、と吉田はようやくほっとした。実はそここそ、この仕事を選んだ佐藤の計算だったのだが、気付くものは誰も居ない。
(疲れた……)
 吉田は胸中で呟く。体力は殆ど使っていないのだが、何せ精神的疲労が激しい。全く理解できない精神の持ち主と一緒に居るのがここまで疲れるとは……とらちん、ホントに何であんなやつがいいんだろう、と何度目か解らない疑問を抱く。
「吉田? 何か、疲れてない?」
 横に居る佐藤から、そんな声が掛った。今は休日、場所は佐藤の部屋。山中の事なんてすっかり忘れて過ごしたいのだけど、今日も街頭で立っている山中が、女の子に絡んでないかと吉田は気になって仕方ないのだった。
 しかもつい先日、虎之介と危く山中が鉢合わせし様になった。何とか言い包めて、山中が虎之介のプレゼントの為の軍資金稼ぎとしているのは内密のままにしておく事に成功した。
 山中はホントにしょーもない奴だけど、虎之介への気持ちは本当だ。やり方に難はあるものの、喜ばせたいという思いもある。吉田は、そこだけは尊重したかった。と、いうかそこしか尊重する所が無い。
 信じたいけど、信じれる要素が何一つないもんな……と途方に暮れる吉田だった。そんな心情が、やはり顔に出てしまったらしい。
「ん〜……疲れてる、かも。何でかは言えないけど……」
 我ながら、勝手な事を言ってるなぁ、と吉田は思った。佐藤だって折角の休日、こんな辛気臭い顔をした奴と一緒に居たくないだろうし、おまけに理由は言えないと来た。
 用事があった、と偽ってでももう帰った方が良いのだろうか……と、佐藤にとって最も恐ろしい事を考え始める吉田。
 その危険を感じ取ったという訳でもないだろうが、隣に座る佐藤は、力無く座っている吉田の肩を抱き、自分の方に寄せる。
「っわ、」
 その勢いは急では無かったが、何せ突然だったので吉田はまったく無防備のまま、佐藤の胸板に凭れかかる。結構衝撃を与えただろうに、びくともしない体躯をちょっと恨めしく思いながら、いきなりの抱擁に吉田は包まれた。
 強い力ではないが、しっかりと包まれている。おまけに、佐藤が上から頬を寄せて来たので本当に佐藤に包まれている感じだ。
「ぅわっ、え、な、何っ……」
 熱くて熱くて……体温同士が触れ合う以上の熱が、内側からふつふつと湧きあがる。
 そういえば、山中に肩を抱かれた時。あの時、全く何も感じなかった事を吉田は思い出した。そこではっきりと、佐藤と他人との違いを思い知らされた訳だけども。
 思いの外自分の中に山中が食い込んでいる事に、吉田は何とも言えない気分になった。ただえさえ、虎之介まで巻き込んで大変な事だというのに。
「吉田、」
 小さいけれど、はっきり届く声。
 何?と上を向いた所で、額に小さな感触。キスをされた。
 そこから、頬、こめかみと。小鳥がついばむような口付けは、ただくすぐったい。何だよぅ、と抵抗する声すら、笑ってしまっていた。
「元気になった?」
 ばたばたと抵抗し始めた吉田に、佐藤は覗き込んで言う。
 そして、吉田の頬を突いて。
「そうやって、バタバタ忙しない吉田が俺は好きだな」
「……え〜、何か落ち着きないな……」
「落ちついてたら、詰まらないもん」
「詰まらないって……」
 俺はオモチャか、と頬をつつく佐藤に、お返しとばかりに頬を軽く摘んでみる。
 何すんだよ、何だよう、と何だかどうでもいいような、けれど心から楽しい小競り合いをして。
 最終的に、佐藤が吉田を抱きかかえるようにして、横になった。
 横になると、佐藤と同じ視線になるのが吉田は嬉しい。
「吉田と居ると、楽しいよ」
 水平線上にある佐藤の顔が、自分を見つめてそう言う。
「…………。うん」
 横になった状態のまま、上手に頷けただろうか。
 ちょっとそう思ったけれども、佐藤が嬉しそう破顔したのを見て良かった、と顔を綻ばせた。
 気付けばすっかり、訪れた当初にはまだ引きずっていた疲れも無くなっている。
 この部屋で過ごす時間は、まだある。
 何をして過ごそうか。でも、このまま横になったままでも、構わないかも。佐藤と、こんなに近いのだし。
 自分とは全く違う、佐藤のさらりとした髪。
 触ったらさぞかし良い手触りだろうと、吉田はその好奇心を満たしたくて手を伸ばす。
 その手の意図が気付いた佐藤だけども、吉田の好きにさせた。


 意地悪されるし、色々困った事もするけれど。
 自分が一番休まる場所はやっぱりここなんだろうな、と佐藤の髪を撫でながら、吉田は思った。




<END>