大抵、学校の冬休みというものは天皇誕生日の前日付近から始まる。なので、21日の今日が終業式だった。
 今年最後の令を終えると、クラス内がドッと何かのイベント会場みたく沸き立つ。
「吉田。帰ろうぜ」
「あー、うん」
 佐藤に誘われ、吉田は鞄を肩に引っさげて教室から退散した。複数の……というか、クラスの女子全員のチクチクとした視線を浴びながら。
「ねえ、佐藤くん。今からあたし達カラオケ行くんだけど、どう?」
 その中の誰かが言った。まるで代表したみたいに。
 音量と距離で、聴こえなかった事には出来ないと判断した佐藤がくるり、と振り返る。たったそれだけの動作でも、女子達からは黄色い歓声が沸き起こった。一体何がいいのやら……と少し前の吉田なら呆れたと思うが、今は何だかその気持ちがなんとなく解ってしまう。些細な動作でも何だかドキッと目を引いてしまう事があるからだ。佐藤と言う人物に対しては。
 最も、それは好きな相手だからという欲目や贔屓があるかもしれないが。しかも吉田は佐藤から好意を抱かれているのだから、その辺りも関わってくるのだろう。
 佐藤はにこっと営業スマイルというものを浮かべる。この年齢でそういうものが出来るというのは如何なものかと思う……と斜め下から眺める吉田は思った。
「いいねえー、でも、今日は吉田と遊ぶって約束しちゃったからなー」
 なぁ、吉田。と話しかけられたので、吉田もそこは頷いて返すしかない。
「あ……そうなんだ。残念ー」
 相手の女子は、頬に手を当てる仕草でにっこり微笑んだ。引き際のいい女性を演出したのだろうけど、「チクショウ吉田め!」という本音の為、目が笑ってないし、こめかみがひくついてる……ような気がする。
「じゃあね。また機会があれば誘ってよ」
 軽く手を振り、それでまた歓声を上げさせて佐藤は教室から出て行った。


「ああいう事言うからダメなんじゃねーの? お前」
 元から釣り上がってる眼を更に吊り上げ、吉田は尖がった口調で佐藤に言った。
 取り上げてる内容は、さっきの女子達に投げかけた佐藤の最後のセリフだ。まだ機会があったら〜なんて、それでは声をかける免罪符を与えたも同然ではないか。美人は3日見れば飽きる、とかいう諺があるらしいが、佐藤はそれには当てはまらない。むしろ、日を追う毎に魅了された人物を増やしているのに、そこにあんなセリフ。
「社交辞令だよ。ああやって返しておけば、変に恨まれたりしないだろ?」
 いや、俺は十分に恨まれたような気がするぞ……と吉田は胸中で苦言を溢した。
「社交辞令なんて、学生の内から使うなっつーの」
 ふん、と鼻を鳴らして吉田はそっぽ向いた。
 と、その時、吉田は自分達を取り巻く空気が変わったのを感じた。より正確に言うなら、佐藤が吉田へ向けるものの類を変えたのを感じ取ったのだ。
 ふと佐藤を見上げると、佐藤は一見無表情にも見える真摯な顔つきで吉田を見ていた。それを見て、吉田はドキリというよりギクリと体を強張らせる。この表情をされたら、もう完全に吉田の手には負えない。まだドSオーラを全開で撒き散らしてくれた方が、対処法も思い浮かびそうな気もする。
「じゃあ、吉田との事、バラしてもいい?」
「ぇ……う……そ、それは………」
 言い淀む吉田に、佐藤は尚も言った。
「それなら俺、吉田がヤキモチ妬くからって、誘い全部断れるんだけどな………」
「……待て、オイ。結局俺がダシに使われるのは変わらないじゃないか!!」
「えー、だってそうだろ?」
 佐藤がにやりと、何もかもを見通したようなしたり顔で言う。
 こうやって威厳たっぷりに断言されてしまうと、流されるように説得されてしまうから注意しないといけない。
「なっ……ち、ちがっ………」
 吉田は否定しようとしたが、上手く舌が回らなかった。
 と、言う事はやっぱり妬いてる………
(違う違う! 佐藤が女子に笑いかけてムカッとするのは、本当は自分が断りたいくせにそれを隠して誤魔化してるから!
 俺は佐藤のそんな態度が気に食わないだけ!!)
 だからヤキモチじゃない! と吉田は自分に言い聞かせた。
「ちが………う!」
 その甲斐あってか、ちがうと言いきれたのだが佐藤はちっとも堪えてないように、それどころか「ははは」とか今にも朗らかに笑いだしそうな顔だった。まるで吉田の葛藤や自分に対していい訳している事を「解ってるよ」とでもいいたげに。
 ううう……と真っ赤になって燻る吉田の頭を、佐藤は軽くぽんぽんと叩く。
「俺は吉田みたいに我慢が訊かないから、言っちゃうからね」
「へ? 何を?」
「ん? だから、吉田が女子に誘われた時に『俺の吉田に手を出すんじゃない!』みたいな?」
「みたいな、とか何小首傾げて可愛い子ぶって恐ろしい事言ってんだよ! てかないから! そんな日は無いから!!」
 無いなら別に焦らなくてもいいじゃないか、と頭の隅の冷静な自分が突っ込むが、そこはそういう理論的な場面では無いのだからいいのだ。
 現実に起こる起こらないはこの際置いておいて、本当にそうなった場合、佐藤は言う。間違いなく言う。恥も外聞も臆面も無しに言う。
 その時の事を想定して、冬の寒さとは別に吉田の体を震いあがらせた。ああ、恐ろしい!!
 蒼白する吉田を、佐藤は楽しそうに眺める。
「まあ、そういう事だから、よろしくなv」
「よろしくしない! 起こらないから! そんな事!!」
 と、いうしょーもない話をしている内に別れ道を意識する頃になってきた。
「今日は? 家に来る?」
 佐藤が訪ねる。当たり前のようにさらりと切り出す辺り、自分達の関係を如実に表しているようで恥ずかしい……と、思うのは吉田の気にし過ぎだろうか。
「今日は帰ってツリー出さないとならないんだ。母ちゃんに言われてさ………」
 暖房なんてある筈も無い物置を探し、ツリーを出す為にホコリまみれになるのを思って今から吉田はげんなりとした。
「俺が嫌そーな顔したら、『あんた、昔は自分から飾り付けしたがってたじゃない』って……
 あれは飾り付け だ け が楽しみなの!
 その前後の後片付けとか準備とか、めんどくさいっつーの」
 吉田はぶつぶつと愚痴を溢した。
 佐藤の家にあったような、白を基としてブルーとナチュナルな感じのシルバーで飾り付けられた品の良いツリーならともかく、吉田のはその辺のおもちゃ屋で買ったツリーだ。飾らなくっても、サンタもキリストも怒ってこないと思う。
 佐藤は、今度はははは、と本当に笑って吉田の頭を撫でた。
「まあ、そう言わずに親孝行でもしてやれよ? イブも当日も、俺が吉田独占しちゃうんだし」
「ぅ………」
 今更ながらの事実を再確認されて、今更ながらに吉田は赤面した。
 しかしそんな事を言うのだったら、佐藤がしてやって然るべきではないのか……と吉田は思うが、それよりも。
(って言うか……イブも当日も居ないから、今日出せって言われた訳なんだけど………)
 これは言わないでもいい事だから、言わないでおこう。言った所で、どっちに転んでも困る反応しかくれないだろうし。
「じゃあな、吉田」
「うん、バイバイ」
 分かれ道に来て、別れの挨拶を告げる。吉田は軽く手を振り――その手を、佐藤にがしっと握られた。
「うわぁ?――――っ!!」
 そのままぐい、と佐藤の胸元(には頭は届いてないが。全く)に引き寄せ、頭に軽くチュッとキスをする。
 頭にキスされた、という認識が頭に回りきる前に、佐藤は吉田の耳元で囁いた。
「また、イブにな」
「っ!!…………」
 ただ予定を言われただけなのに、何でこんなにドキドキしてしまうんだろう。ああ、さっきキスされたからか。ってこんな道端で何してくれるんだよッ!!
 というのを言うに言えず、吉田は口をパクパクさせて顔をひたすら真っ赤にしていた。
 そんな吉田を見て、佐藤は胸中で「可愛いな」と浸っていた。




<終>



クリスマス的10のお題2「飾り付け だ け が楽しみなの!」配布元:Abandon