無事にプレゼントを買え終えて、感謝と感激の表情を浮かべた秋本と別れてから、吉田はまだ佐藤と並んで歩いている。
 それは、まだ分岐点になっていないだけの話で。
(この後、どーすんのかなー)
 吉田はそればかり気にしていた。
 どうするも何も、選択肢は2つしかない。
 このまま真っ直ぐ自分の家に帰るか、あるいは佐藤の部屋に寄るか。テストが終わった今となっては、加減を知ってれば少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫だろう。これでも男子高校生なのだから、そこまで過保護になる親でもない。むしろ佐藤の方が吉田の身を心配してるように思える。少しばかり、斜めった方向だが。
 まあ、それはともかく。
 佐藤の部屋に行く時は、いつも佐藤からの誘いで行っていた事だ。だからろうか、自分から行きたいとはあまり言い辛い。
 他の友達だったらすぐに言えるかもしれないけど、佐藤はあらゆる意味で特別な存在だ。
(いや、別にそこまで行きたい訳じゃないけど)
 その割には思いっきり気にしている吉田だった。根が単純の割には素直じゃない、と佐藤が分析しそうだ。
「吉田はさー……」
 と佐藤が話かけてきた。
「な、何?」
 部屋に来いって言うのかな、と思った吉田は首をぐりんと勢いよく佐藤に顔が向くように動かした。
「ケーキは糖分控えめ? いや過剰?」
「…………へ?」
「吉田、甘いの好きだからなー。やっぱ砂糖は多めがいいのかな」
「???」
 なんだか置いてけぼりのように話をされ、吉田はようやく相手が何を言っているのかを汲み取れた。
「何、ホントにケーキ手作りするつもりなの?」
 さっき、秋本の買い物中に手作りケーキに佐藤が関心を引いたのを思い出した。その後からかわれたので、きっと明日になっても覚えている事だろう。
「いや、今年はもう注文しちゃったからさ。来年はそうしよっかなって」
「……そう」
 って事は、来年も一緒に過ごすつもりなんだ。
 妙にその事が嬉しく思えて、吉田は勝手に緩む顔の筋肉に少し苦労した。それに気を取られてる間中、隣の佐藤が面白そうにその様子を眺めているのにも気づかず。
「そういや、ケーキってどんなの?」
 吉田がふと尋ねると、佐藤はとびきりの笑顔で言う。
「それは当日までの内緒って事でv」
「何だよー、勿体ぶって。そんなに凄いのか?」
「凄いっていうか……俺の好きなケーキなんだ」
「へえ、そうなんだ」
 いつも不味そうな顔してるからか、佐藤に好きな食べ物とか言うと少し意外みたいな感じがした。
「うん。だから吉田が気に入るか解らないけど」
「んー、まあ、俺あんま好き嫌いないから、大丈夫だと思うよ」
 それに、いつも俺の好きな物ばっかりだし。あと、佐藤の事も知りたいし。
 沢山の恥ずかしい本音は隠しておいて、吉田は平均な返事だけした。それでも、笑みを浮かべるのには抵抗しなかった。佐藤がそれを見て、柔らかく微笑む。
(うわっ、本当に綺麗に笑うよな……こいつ………)
 好意を中てられた吉田が、顔を真っ赤にして少し逸らす。そんな仕草が、佐藤には堪らなく可愛い。
「ところで、」
 話題を切り出す佐藤に、吉田は顔を上げる。今度こそ、部屋においでって言うのかなと。吉田本人は否定するかもしれないが、それは明らかな期待している顔だった。
「クリスマスに誘っておいて何だけど……イブってまだ空いてる?」
「え………そりゃ、空いてるけど」
「そっか。いや俺、年末年始は実家に帰っちゃうから」
「あ……そうなんだ」
 そう言えば、夏休みのお盆も帰ってたっけ。と吉田は少し前を振り返った。
 前例もあったのに、全く思い至らなかったのは目の前のクリスマスで浮かれてたんだろう。佐藤の事は言えないな、と吉田は思った。
 そして少し落胆した。大晦日の年越しは、佐藤としようと思っていたからだ。クリスマスは佐藤からだったから、これは自分から誘おうと思っていただけに、少し拍子抜けだ。
「だからそれまで、沢山一緒に居たいなって……いいか?」
「う、うん。い、いいよ」
 真っ直ぐに見詰められて、吉田は少しその視線の強さにどぎまぎしながら答えた。どうも、この顔は心臓に悪い。動悸が早くなる。
「当日は家に籠るから、イブは遊びに行こっか」
「そうだなー。俺、通信簿と引き換えに小遣い貰うから、その日は一杯金あるかも」
 今回は全体的に成績が上がってるから楽しみだ、と吉田が言うと佐藤も嬉しそうに眼を細める。
 が、佐藤は唐突に表情のトーンを落とした。そして言う。
「ごめんな。なるべく残るようにしたかったんだけど……」
「いや、そこは帰ってやれよ。離れて暮らしてるんだしさ」
「うん……でも俺はやっぱり吉田と居たいから」
「……………」
 つられて「うん、俺も」と言いそうになるのを、吉田はどうにか堪えた。
(だって、そんな、執着してるようで見っとも無い)
 しかし佐藤に言われる事にはむしろ嬉しいと、吉田の胸中は中々に複雑だった。ヤキモチを妬くのは嫌だが妬かれるのは嬉しい、という心境みたいに。
「べ、別にさ。もう会えないって訳じゃないんだから、里帰りして来いよ」
 吉田は自分にも言い聞かすように佐藤に言った。
 な? と畳み掛けて、なるべく軽い調子になるように軽く「ははは」と笑ってみせて。
「………………」
 しかし佐藤は沈黙しか浮かべず、結果吉田の笑い声だけが空中に乾いていく。
「な……何………?」
 うっかり逆鱗に触れてしまったか、と吉田が青ざめる。
 その吉田に向かって佐藤の手が伸びた。逃げる暇も無く、吉田は佐藤にがっしりと抱き止められた。
(おお、温かい……)
 文字通り佐藤に包まれた吉田は、その体温を心地よく思った。
 しかしここはそんな心地よく温もっていていい場面では無い。何せ、誰がいつ来るとも知れない一般道だからだ。いくら人気がないとは言え。
「ちょ……おい、佐藤っ………!」
 どう見ても親友同士のスキンシップを通り越した激しい抱擁に、吉田は抵抗するがその強さ故に抜け出せない。
(な、何だよ………)
 佐藤は吉田の理解を超えた人物ではあるが、理由も無くこんな真似をする相手でも無い筈だ。絶対、何かしらの要因がある。いやあったのだろう、さっきのやり取りに。
 やはり、引き留めない吉田に少し腹を立てた意趣返しなのだろうか。
(ああ、そう言えば……)
 吉田はこの里帰りを、佐藤は戻ってくると解っているから、行って来いと言えるけども。
 小学卒業と共に去って行った佐藤は何て思っただろう。また会えると確信していただろうか。
 どっちにしろ、そんな長い別離の果てに再会出来た相手は、もう片時も離れていたくないんじゃないだろうか。少なくとも、吉田はそう思う。
 だったら、さっきの発言は迂闊だった。吉田は佐藤の抱擁を黙って受け入れる事にした。何、誰かに見られても恥ずかしいだけだ。今は佐藤を落ち着けさせる方が大事。
「いつ帰ってくる?」
 身長差のせいで、胸部に話しかける格好になってしまうが、佐藤の耳にその言葉は届いたようだ。
「始業式の前日、かな」
「……そっか」
 となると、ほぼ1週間、佐藤は居ない事になる。
「また帰って来るんだよな?」
「当たり前だろ」
「うん…………」
 なんだか、どんどん恥ずかしい事ばかり口走ってしまうような気がした吉田は、それっきり口を噤んだ。そして、何だか駄々をこねてるようなさっきの物言いに羞恥していた。佐藤は、それで機嫌を良くしていたが。それはもう、解り易く。
「…………あ、」
 佐藤が意味を成さない声を出した。何? と吉田が見上げると。
「いや、雪かなと思ったけど、何かゴミだったみたい」
「初雪って、今年まだだよなー」
 小学生の頃は、12月にはもう1,2回くらい雪に降られていたような気もするが、これも温暖化だろうか。
 つらつらと吉田がそんな事を考えてると、佐藤が低く呟いた。
「……そうか、いっそ大雪になって道路が遮断してしまえば………」
「………す、するなよ? するなよ?そんな事」
 いろんな人に沢山迷惑かかるから、と吉田は恐る恐る忠告する。ここで出来る訳無いだろ!と突っ込めないのが佐藤の恐ろしい所だった。
 その後抱擁は解かれ、また二人は歩き出す。そろそろ、別れ道も近いが未だに佐藤からの誘いは無い。
(うーん、やっぱり俺から……? って、家主が招かないってのにそれは厚かましいかな………???) 
 あー、うー、と吉田はぐるぐるしている。
 そんな吉田に、佐藤は。
(おーおー、ぐるぐるしてるなぁー)
 もちろんとっくに気づいていて、楽しんでいた。
 ここのところ、吉田は他人の為に奔走してるから、自分の事で頭を一杯にさせてやりたかったのだ。吉田から見れば何とも勝手な理屈だが。
 分かれ道まで、あと少し。
 あんまり混乱させるのも可哀相だから、そろそろ言ってやろうかな、と佐藤が思っていた時だった。
「さ、佐藤! 部屋行っていい!?」
 真っ赤になった吉田は、叫ぶように言った。



<終>




クリスマス的10のお題2
「ケーキは糖分控えめ? いや過剰?」配布元:
Abandon