ある意味、ここが吉田の正念場だ。いや、そんな時はもう過ぎて、結果を待つしかない訳なのだが。
 名前を呼ばれ、吉田は緊張して教壇へと近づく。軽く2つに折られた用紙を受け取って、そろそろと中を覗き込んだ。
 そして、その顔が輝く。
 その時の吉田の顔を見て、佐藤はクリスマスに二人きりで過ごせれる喜びを秘かに噛み締めた。


 答案用紙が返却され、テストは本当にもう終わった。いよいよ本気で、皆は冬休みモードへ突入している。
 冬休みは民間の行事が多い。そう、クリスマスとか、年末年始とかで。そういう意味合いでは、夏休み前より皆が予定合わせに盛り上がっているように思えた。
 で、盛上がっている所もあれば盛下がる所もある訳で。
 えーっと、と処遇に困った吉田は隣の秋本にちらりと視線を投げ寄越してみた。
 が、自分の心境を写し取ったような表情をしているのを見て、頼るのは止めにしておいた。
 やや途方に暮れる2人の目の前では、牧村が机に突っ伏していた。お前、いくら鼻が低いからっていってそんな姿勢じゃ余計低くなるよ、と言いたくなるくらい、撃沈して轟沈している。
 こそ、と吉田は秋本に話しかけた。
「……牧村ってさ、最近余所のクラスの女子といい感じなんじゃなかったっけ?」
 それがね、と秋本が言う。
「クリスマスどこに遊びに行く?て聞いたらその日は彼氏と過ごすからまた今度ね……って」
「……………」
 残酷過ぎる返事に、吉田の胸も痛い。
 つまり、彼女にとって牧村は「いい友達」でしかなかったのだろう。ちなみにこの「いい」は「どうでもいい」と「都合のいい」が合わさった意味だ。
「……牧村ー」
 と、吉田は声をかけた。
「とりあえず、飯食おうよ。時間が来ちゃうよ」
 いつそのお断りの返事を貰ったかは知らないが(何せ吉田も英語のテストで一杯一杯だった)、昼休みが始まって……いや始まる前から牧村はこんなだった。
「いいんだ。俺の事はほっといてくれ」
 轟沈している牧村の下に何かがキラリと反射させたように思えた。涙だろうか?
「俺の事はほっといて、お前らはクリスマスは恋人と過ごしてくればいい。
 俺は本来のクリスマスに乗っ取ってその日を過ごすよ……そうクリスマスは、恋人と過ごす日じゃなくて、トナカイが過労になる時期なのさ!」
 それも違うよ、と吉田は突っ込んでいいのかとても困った。
 しかしヤケクソにそう叫んだ事で、少しは吹っ切れたのか、牧村はもそもそと弁当を食べ始めた。きっといつもよりしょっぱい弁当だった事だろう。それは味付けのせいではなく。
 トイレにと席を立った吉田に、僕も、と秋本がついてくる。
「……吉田って、クリスマスは恋人と過ごすの?」
 その道すがら、秋本が控え目ながらに訊いてきたので吉田は危うく転倒しそうになった。
「いや! あの! えーっと、それは!!!」
 まさか相手が佐藤とは言えない吉田は、詳細を聞かれるのを恐れて上手く説明が出来ない。しかし、秋本にとってそれは大した問題ではなかったみたいた。両手を握り、思いつめたように吉田に詰め寄る。
「ねえ、プレゼントってもう買った? どんなのにした??」
 いかにも必死、というその様子に、吉田は目をぱちくりさせた。秋本は、あ、ごめん、と言って詰め寄った距離を元に戻した。
 そして事情を語り出す。
「……僕、クリスマスに洋子ちゃんと一緒に過ごす事になってるんだけど。で、プレゼント贈ろうと思ってるんだけど……どんなのがいいのか全然思いつかなくて……」
 本当に困り果てたように、眉を垂らす。
「去年とかは? 何かあげてたんじゃないの?」
 彼女は近所の幼馴染だというから、吉田はそう思った。あげてたけど、と秋本は答える。
「でもさぁ……やっぱり……何か………」
 ごにょごにょと全く意味を成さない秋本の返事だが、吉田は言わんとするところが何となく解る。二人がいつからの知り合いかは知らないが、吉田から見て洋子はとても可愛い年頃の女の子だ。今までと同じ扱いする事に秋本が違和感を覚えたのだろう。要するに、異性として意識し始めて来たという訳だ。
 で、当然ながら自分達のようなイケてない部類の男子は女の子の喜びそうな物はさっぱり解らなくて。まあ、解らないからこそイケてないとも言えるのだろうけど。
「吉田もまだ買ってないならさ、一緒に買いに行かない?」
「いいけど……でも、俺もあんまり解らないよ。女の子が喜びそうな物とか……」
 しかも吉田が贈るべき相手は同い年の男子だ。しかも、とびきり美形の。
 結局は同じ穴の狢に過ぎないと秋本も思っていたのか、だよねぇ、と呟く。
 そして、何か思い当ったように吉田を向き直る。
「あっ、そうだ。佐藤は一緒に行けないかな」
「えっ、さ、佐藤?」
 危うく声が裏返りそうなのを、吉田は何とか堪えた。
「うん、佐藤、いっつも女子に囲まれてるからさ。それに恋人もいるらしいから、そういうの詳しいかもしれない」
 その恋人は目の前に居る吉田なんだけどね。
「次の土曜とか、佐藤空いてるかな?」
 最近は嘘では無く本当に佐藤と遊んでいる吉田へ向けて、秋本が訪ねる。
「う……うん。大丈夫だと思う。あとで聞いてみるね」
「わぁ! ありがとう!」
 吉田のその返事に、秋本はとても喜んで感謝した。


「この前は艶子で今度は秋本か……吉田、なんかサンタみたいだな」
 誰かへの贈り物の為に奔走する吉田を揶揄して、佐藤がそう言った。
「別に、秋本に何か贈る訳じゃないんだけど……」
 吉田はいい訳程度に反論した。横に居る佐藤は、何だか我儘な恋人に付き合ってやるような、上からのにやりとした笑みを浮かべる。少し気に障ったが、佐藤を言いくるめれる論理展開は吉田には無理だ。なので、沈黙を保つ。
 吉田が土曜が空いているのかと一緒にその旨を伝えると、佐藤はあっさりするくらい「いいよ」と快い返事を寄越した。てっきり代償の1つ2つを覚悟していた吉田には拍子ぬけするくらいで、そんな吉田に佐藤はにっこり笑って告げる。
「吉田の友達の為だもんな」
 好きな人の友達だから協力するよ、と言う。
 何か妙に、まるでストレートに好きだと告白されたかのようにその言葉で気恥かしくなって、吉田は真っ赤になって俯いてしまった。こういう好意に、前ほどうろたえる事は無くなったと思うが、当然のように受け入れる事は出来ない。
 二人はデパートの入り口で秋本を待っている。二人で待っていると見て解るからか、佐藤に声をかけようとする人は居ない。が、明らかに皆、特に女性全員は全て一度は佐藤に視線を投げ寄越している。仕方ない、佐藤は格好いいから……と割り切ってるつもりでも、自然と眉間が寄る吉田だった。
「ごめん、おまたせ〜」
 当人は急ぎ足だろうが、のたのたとした足取りで秋本がやって来た。
「佐藤、今日はごめんね」
 秋本が到着するなりそう言うと、佐藤は「いいよ、気にするな」と朗らかに言う。女子と話す時も必要以上に爽やかにならなくて、このくらいでもいいのに、と吉田は思う。
「プレゼントだけど、バスセットとかいいんじゃないか。見た目可愛いし、実用性もあるし」
 早速の佐藤のアドバイスに、秋本につられ吉田も「ああ」と感心した。
「そっか、それがいいよね! えーっと、じゃあどのフロアに行けばいいのかな………」
 秋本がすぐ近くの表示案内で検索する。それは秋本に任せておいて、吉田は少し離れた所で佐藤に話しかけた。
「やっぱ、女子と話してるとそういう事がすぐ思い浮かぶもんなの?」
「ん? ヤキモチか? 吉田♪」
「違う! そういう意味じゃない!」
 なんですぐそっちに持ってくんだ! と吉田が噛みつく。顔が赤いのは仕方ない。
「ただ、モテる男は考え方も違うなって思っただけ!」
「やっぱりヤキモチじゃないか」
「ちーがーうー!」
「とりあえず、8階に行ってみよう。……ん? 吉田どうしたの?」
 秋本が駆け寄った時、頭に佐藤に手を乗っけられた吉田は真っ赤にして怒鳴っていた。
「あっ! え、えーと! 何でも無いっ!」
 慌てて誤魔化した後「いつまで乗せてんだよ」と佐藤の手をぺぃっと払った。


 目的のフロアについた3人は、目当ての物がありそうなスペースを目指す。上手い具合に「バスセット」とそのもののブースがあったので、そこへ行った。
 さすがに表示されるだけあって、その種類は多種多彩で実に豊富だ。えーと、うーん、と秋本が迷う。
「今まで使ってる物と同じようなのにすれば、失敗は無いと思うよ」
 そんな秋本に、佐藤がまたアドバイスを与える。
「って言っても、シャンプーの種類とか解らないし………」
 落ち込んで呟く秋本の横で、吉田も深く頷いた。
「詳しくじゃなくてもいい、ぱっと感じた香りで。果物っぽいとか、花の香りっぽいとか」
「うーん、それなら……果物よりは、花みたいな感じかな………?」
 秋本がよく思い出しながら言う。
 ヒントを得たおかげで、絞るポイントも見つかったようだ。後は吟味するだけ。
「あっ、二人とも。自分達の選んでもいいよ。プレゼント、吉田まだ買ってないんでしょ? 
 佐藤も、クリスマスは恋人と一緒なんでしょ?」
 二人がそのお互いだとは夢にも思わないだろう秋本が親切心でそう言った。
 そこでその話題を出すか――――! と吉田は戦慄する。ちらりと横を見ると、佐藤がやっぱり嬉しそーな顔で居た。
「んー、そうだなぁ……ケーキは買ってやるつもりだけどv」
「……………」
 吉田は、気にしない気にしない、と平静を装った。表情は従ってくれるが、はたして顔色までは。
「へぇー、そうなんだ。ケーキは洋子ちゃんが作ってくれるって言ってたっけな………」
 秋本が嬉しそうに言う。それって惚気だよ、と吉田は胸中だけで言ってあげた。秋本のその言葉に、佐藤が興味を持ったようにふぅん、と呟いて。
「手作りか……それもいいな。来年はそうしようかな……な、吉田v」
「ななな、何でそこで俺に訊くのかなぁ?!」
 ここは友達としての反応! と吉田はそう答えた。セリフは適切かもしれないが、いかんせん声が上擦っていた。
 ここでこうして秋本に貼りついていても、選びにくいだろうし、何より際どいセリフを言われた反応を面白がられるだけだ、と吉田は秋本から離れて店内を適当にうろついた。ここのフロアにはバス用品の他にも、他の雑貨やキャンプ用具のコーナーが設けられている。
 佐藤は適当にうろつく吉田の後を付いていた。特におちょくる事も無ければ、吉田は傍にいる事に異議はない。
「あっ、吉田。これいいかも」
 佐藤が何か気を引かれたのか、そう言った。殆ど反射的にその場に止まる吉田。
 振り向いた先の佐藤は、手にストラップを持っていた。それは普通のストラップでは無い……というか、1つのパッケージに2つ入っている。ペアウォッチならぬ、ペアストラップ、という事らしい。
「これ、つけようかv」
 ペアストラップを手にした佐藤が、笑顔で言う。結構佐藤の感情の起伏は解る吉田だが、本人が意図して本音を隠してしまうと探るのも難しい。
「えっ、ちょ、ダメだって! 女子ってそういうの目ざといんだから!」
 とりあえず、本音と仮定して吉田が言う。
「偶然お揃いになった……って事にすればいいじゃん」
「いや……う……それは…………」
 吉田が言葉に詰まった時、プレゼントを選び終え、精算まで済ました秋本が二人を探しているのが見えた。それを見つけた吉田の顔で佐藤も気付いたのか、ストラップは元の場所に戻して秋本を呼ぶ。
「……………」
(本気……だったのかな…………)
 だったら別にストラップくらい……と事が終わってから思うのだから扱いに困る。
 佐藤はぐいぐい引っ張ってくれるけど、たまに肝心な所で押してくれない、と思う時がある。例えばこんな時だ。
 絶対嫌って訳じゃないから、もっと言ってくれたら頷けたかもしれないのに。
「吉田?」
 自分を呼ぶ佐藤の声に、はっと我に戻って吉田は慌てて駆け付けた。



<終>



クリスマス的10のお題2「トナカイが過労になる時期なのさ!」配布元:Abandon