日曜日。どこぞの宗教では安息日として決められている日だ。
 先週のこの日はテストの為に勉強に時間を費やされた訳だが、今日は違う!
 つい2日前にテストを全て終えて実に清々しい気分なのだ! そう、とりあえず結果はさておいて!
 それでも、今回はみっちり佐藤に家庭教師……というか特別個人授業を付けて貰ったので、それなりの自信はある。少なくとも、前回よりは点数は伸びているだろう。鬼門でしかない英語も、今まではどれだけ頭を捻っても解答か書けれず、空白部分が明らかに目立っていたが、今回はあやふやな解答も含め、一応全ての解答欄は埋める事が出来た。全部があってるとはさすがには思えないけど、50点くらいは少し夢見てもいい、と思える吉田だった。
(とりあえず今日は、酷使した頭を癒そう…………)
 つまり、思いっきりゴロゴロしちゃうぞ!って事だ。まあ、あんまりしても怒られるから、それもほどほどに。
 テストも終わり、母親に咎められる心配も無く、居間で寝転がってマンガを読んでいると、玄関のチャイムがなる。「誰か来たよー!」と母親に叫んで呼び掛けてみると「今手が離せないから出てー!」と返された。やれやれ、と吉田は立ち上がって玄関に向かう。
 来たのは宅配便だった。季節柄、お歳暮だろうと思って記入した伝票の代わりに受け取った品物を見て、吉田はあれっと目を見張った。
 別に、梱包されてる時点で異様な物が届いた訳ではない。ただ、差出人と受取人がとても意外だったからだ。


 佐藤は人の注目を浴びながら登校する。それは家のドアを出てからずっと続く。
 だから、佐藤の動向を知りたければ目を凝らすより耳を澄ませた方がいい。女子のざわめきの大きい方に、彼が居る確率は非常に高い。
 今日も、佐藤は女子の視線と密やかな歓声を引きずるようにして登校した。なるべく「朝くらいゆっくりさせて欲しいな」という雰囲気を作ってそれとなく女子を遠巻きにしながら。
 教室のドアを開けると、其処に居た女子全員の視線が佐藤に集中する。そして、佐藤の視線も一直線に対象物に注がれていた。
(ああ、居た居た。何話してるんだろ)
 暖をとりたいのか陽の当たる窓際で、いつものトリオで何か話していた。生憎、佐藤に対して背を向けている形なので、吉田の顔を見る事は出来ない。
 佐藤を見つけるのは簡単だが、吉田も結構簡単だ。例え姿が見えなくても、どこかの集落にボコッと凹んだ所に居る、と本人が聞いたら憤慨しそうな理由で佐藤は吉田を見つけている。まあ、佐藤が吉田を見つけやすい大半の理由は、五感含め感情の全てが彼に向っているからだと思うが。
 佐藤が吉田に声をかける前に、佐藤の到着に気づいた吉田が振り返る。物理的原因とは言え、好きな相手に上目遣いに見られるのは一介の恋する男として嬉しいものがあった。そして今日は、何か用でもあるのか机の間をすり抜けてトタタタ、と軽く駆け寄る。まるで投げたボールを取って持ってきた小型犬みたいに佐藤には見えた。
(可愛いな)
 会話の出来る距離にまで近づいた吉田を見て、佐藤が目を細めて胸中で呟く。
「あのさ、佐藤。えっと………」
 朝の挨拶を交わした後、吉田は早速話に移ったが、不特定多数の女子の意識が佐藤に集束している中でするには適した話題ではないと踏んだのか、ちょっと、と言いながら教室の外に佐藤を連れ出した。
 なるべく人気の薄くて、それでいてその場に留まる事に抵抗が無いくらいの温かみのある場所に移る。そこで改めて吉田は話を切り出した。
「あの……アドベントカレンダー? ってやつ、佐藤知ってる?」
 吉田は何かとても言い難そうに言った。勿論、言い難そうなのは発する単語の発音が難解だからではない。馴染みの無い言葉だからだろう。
 口調と内容のギャップも気になるが、その内容そのものにも気になる。およそ、吉田の口から飛び出す単語では無いように佐藤には思えたからだ。まあ、テレビか何かで知ったんだろう、とそこは適当に片付けておいて、質問に答える。
「クリスマスまでの日付が書かれてる、小窓付きのカレンダーだろ? カレンダーっていうか、菓子の入ってる箱になってるのもあるけど」
 そう、それ。と吉田は頷きながら言う。それで、と続けながら。やっぱり、言い難そうに。
「それがさ……昨日、艶子さんからクリスマスプレゼントってそれが届いたんだけど………」
「……エ、プレゼント? ナニ、ソレ」
 折角温かい場所を選んだというのに、佐藤が硬質な声でそう言うと同時に吉田の体感温度が一気に5度くらい下がったようになった。
「なあ、おい。吉田。どういう事なんだ? それ」
 迫る佐藤の背後からズゴゴゴ、と地響きが轟いていそうだ。まるで、今にも大地震か大噴火でも起きそうな。
「だっ、だからさ!」
 解っていたとは言え、何でプレゼントをあげたのではなく受け取ってこんな凄まれなければならないんだろう、と吉田は半泣きになった。自分でした事でもないのに怒られる事くらい、理不尽な事は無い。
「ほら、この前艶子さんが来て、遊びに行こうって言われて行けなかったじゃん! それでまた今度って言ったけど、艶子さんの都合がもう年内に空きそうにないからその代わり? みたいな事が書いてあって…………」
 品行方正なお嬢様学校に通う艶子の書いた文面は、正直吉田には少々難解だったが、おおよそそんな内容だった。そしてその内容の他、贈物の簡単な説明もあった。それで吉田は贈られて来た物がアドベントカレンダーという名称である事と、日めくりカレンダーのように小窓を毎日一つずつ開けて行く事を知った。どうやら外国製らしいそれは、どこをどう見ても流れるような書体のアルファベットしかなかった。
(艶子め…………)
 何かするとは思っていたけれど、本当に何かされるとやっぱり腹が立つ。落ち着いてられない。
(吉田は俺のモンだって言ってるってのに)
 内心歯軋りして佐藤が思う。
「それでさ、」
 佐藤が胸中で独占欲を剥きだしてるのを知らない吉田は、話を続けていく。
「やっぱ、その、御返しとかしなきゃな、って思ってさ。それで……こういうのって、どれくらいするのかなぁ? 俺、初めて見るから解らなくて」
 それが本題か、と佐藤はいよいよ詰らない気分になった。
「佐藤………?」
 形の良い眉を顰め、明らかに不機嫌な仏頂面を掲げてる佐藤に、吉田がそっと、恐る恐る声をかける。
「別に、御返しとかいいんじゃないか。あいつが勝手にした事だろ」
「なっ……そういう訳にはいかないだろ………」
 佐藤に圧されながらも、吉田は言う。弱い者いじめはしてはいけない、一度交わした約束は破ってはいけない、という気質の吉田にとって、蔑ろには出来ない事なのだろう。
 それでも。
「いいか?」
 と佐藤は吉田を視線で射抜いた。吉田が「な、何?」とビクっとなる。吉田の意識が全て自分に向かっているのに少し機嫌を上昇させ、佐藤は言った。
「お前が買えるものなら艶子はもう持ってるし、艶子の欲しいものはお前には買えない代物なんだよ。判るか?」
「う……そ、そうかもしれないけど…………」
 佐藤の意見に、吉田は返す言葉が見つからない。大部過剰に誇張されてるとは思うが、本筋は間違ってはいなかった。
(だからさぁ……それでも、俺が手を出せるくらいの何かでも…………)
 言ってくれると思ったのに。だから妬かれるのも承知で言ったのに。
 まあ、これは勝手な自分の判断だから、佐藤に八つ当たれないけど。なので、吉田はしょんぼりと項垂れた、ただえさえ小さい体躯がより小さく見える。
 それを見た佐藤は、少し大人げなかったな、と反省した。吉田がいいヤツなのは事実だし、そこを艶子が気に入るのも当然なのだから。
 当たり前の事に腹を立ててはいけない。
 それに、吉田は自分を頼ってそんな相談しているのだから。
 佐藤は、ふぅ、と小さく息を吐いて、少し平静を取り戻した。
「……そうだな、クリスマスカードでも送っておけばいいんじゃないか」
「! カード! そうだな、それがいいな」
 佐藤からアドバイスを貰って、顔をパッと上げて吉田が嬉しそうに頷く。
 ああ、可愛い。何て可愛いんだろう、目の前のこの生き物は。
 佐藤は、じぃん、と浸る。
「じゃ、早速今日買いに行くか」
 さらりと佐藤の告げた事に、吉田はえっ、と目を丸くする。
「きょ、今日?」
「何だ、他に用でもあるのか?」
「いや……ないけど………ただ、いきなりだなって」
 むしろ佐藤の方にこそ何が用があるんじゃないか、と思う。
「こういうのは、早めに済ませた方がいいんだ」
(こういうのって…………?)
 何故か神妙に見えるくらい、真面目に言う佐藤に吉田は首を傾げた。
 勿論、「こういうの」とは吉田が他の誰かの事に気を取られている事を指す。


 今学期の残す所の行事は終業式だけ、となった頃には授業は半日で終わる。その時間を利用して、二人は地下鉄に乗って大型デパートへと繰り出した。
「わぁ〜、やっぱ人が多いな…………」
 改札口から出て、まさにごった煮、と言った具合の混雑っぷりに吉田が思わず呟く。
「そうだな。ほら、はぐれるなよ」
 そう言って、佐藤はそうする事が当然のように吉田の手を握った。まあ、佐藤にとっては当然なんだろう。
 あまりに自然な動きで、吉田は一瞬自分の状況もうまく掴めないくらいだったが、掌から伝わる体温がそのまま吉田の熱をかぁぁっと上げた。
「ちょ……おまっ………!」
 上手く言葉を吐き出せないのか、口の動きに対して発せられた声は少ない。
「仕方ないだろ? この人混みじゃ、はぐれたら大変だからな」
 頭だけ吉田を振り返った佐藤は、にっとした笑みで言った。
「……あ………う……うん………」
 吉田はなんだかよく判らないまま、頷いていた。佐藤は天井にある表示で目指すべき場所を見つけていた。
(こんな、手、繋いでるの……)
 誰かに見られてないかな。変に思われてないかな。
 でも、仕方ないんだよ、人が多いから。
 そうだよ、仕方ないんだ。
 佐藤の手が離れるまで、吉田はずっとそんな風に吐き出す事の無いいい訳で、脳内をぐるぐるさせていた。


 訪れたそのデパートは、入り口を入るとそのまま大きなツリーが出迎えてるよう特別催事場が1階に設けられていたが、地下鉄通路から上がって来た2人はその飾られたスペースを正面から見る事は出来なかった。
 会場が設けられているなら丁度いい、と吉田はそこで買う事にした。ちょっとしたホールくらいのある広さの中、ほどなく、クリスマスカードのスペースへと辿り着く。
「ふーん、改めて見ると、結構一杯あるんだな」
 目の前には、実に多種多彩なカードが陳列されている。どれがいいんだろう、と吉田は判断にあぐねる。今まで、クリスマスカードなんて贈った事が無いからだ。
「なあ、佐藤。どれがいいと思う?」
 殆ど面識の薄い自分より、付き合いのある佐藤なら彼女の嗜好を知ってるだろうと、横に居る佐藤に尋ねる。が、その態度は素っ気ない。
「どれでもいいんじゃないか」
 明らかに無関心な態度に、吉田も少しムカッとした。
「何だよ、ちょっとは考えてくれてもいいじゃん」
「だって人事だもん……」
 そう呟いて、佐藤はそっぽ向いた。何だか、いつかやったようなやりとりだな、と吉田は思った。
 こうして一緒について来てくれるくらいなのだから、もうこの件については片付いたと思っていたのだが、そうでもなかったようだ。佐藤の機嫌はまだ斜めみたいだ。
(佐藤って、よく判らないよなー)
 何故にこんなに機嫌を損ねるのか。怒るのか。吉田には判らない事だった。
 つまらない顔をして、そっぽ向いたままの佐藤を携えながら、吉田は改めてどれにしよう、とカードを選ぶ。
 キャラクター物も沢山あるが、大人っぽい艶子には合わないように思う。
 大人っぽいシックなもの、という基準を決めた吉田はそれに合いそうなものを探して行く。程なくして、それに見合うと思ったものを探し出した。
(これとかいいんじゃないかな)
 主線を淡いセピアで描かれたツリーの絵で、夜景を描いたように周囲を含めて色合いは暗い。しかし、このカードは開くと同時にメロディーが流れ、そのツリーに光が灯る仕掛けがあった。試しに開けてみて、仄かな闇の中で光り輝くツリーはとても綺麗だった。流れてくるメロディーも中々いい。
「な、佐藤。これっていいよな」
 さっきつれない態度を取られたばかりだというのに、吉田は佐藤に見せてみた。
 んー? とカードを見た佐藤は、少し目を見開いて無言でそのカードを吉田の手から取り去ってあった場所へと戻した。
「あーっ! 何するんだよ!」
 上の佐藤の一連の行動は、3秒にも満たない電光石火だった。吉田には止める暇すら無い。
 折角選んだのに! と睨む吉田に、佐藤はあきれ果てた顔を作った。いよいよ腹が立って吉田が文句のひとつでも言おうとした時。
「これ、何て読む?」
 佐藤がさっき吉田が手にしたカードを指して言った。
「へっ?」
 と呆けた顔になった吉田はその指先を辿り。
 そこには、はっきり「I LOVE YOU」の愛の言葉が書かれていた。


 どうやらあのカードの区分は、子供向けとか友達向けとか、そういうカテゴリを考えられて作られていたらしく、吉田が立った場所は専ら恋人へ贈る為のカードを取りそろえたスペースらしかった。それに気付いた吉田は、改めてカードを選んだ。
 何とか艶子に贈っても良さそうなカードを見つけ、精算を済まして帰路に着く。
 冬だから日が落ちるのが早い。二人がデパートを出る頃には、ちらほらと街灯が灯っていた。
「ああ、ついて来て正解だった。危うくとんでもない物を贈らす所だった」
 まるで本気の危機を感じたかのような声だ。吉田にはそれが本気なのか演技なのかは判らない。どっちにしろ腹が立つだけだから。
「あーもう煩いなっ! 佐藤だって俺が選ぶまで気づかなかったんだから、おんなじだろ!?」
 自分だけがとんでもない間抜けみたいに言われるのは我慢ならない。
「俺がどれがいい? って聞いてもどれでもいいとかどうでもいいとか…………」
 過ぎた事を蒸し返すのは性に合わないが、ついそんな愚痴が吉田から零れる。
「だって、俺、吉田からクリスマスカードなんて貰った事ないんだもん」
 だから拗ねて当然、というように佐藤が言った。
 当り前の事実だけど腑に落ちない佐藤の言い分に、吉田も困ったように呟く。
「そりゃそうだけどさー…………」
 だって、小学校の頃はそんな交流も無かったし、中学なんて消息不明だったし。
「………………」
 それは向こうも解っているらしく、だから無言で不機嫌なのだ。
(何か、駄々っこみたい)
 でも、そんな佐藤は嫌いじゃない。女子に愛想を振りまくより、ずっといい。
 いや、むしろ、多分好き。
 素の感情を自分にぶつけてくれるのが嬉しい。
(まぁ、それも時と場合と種類によるけど…………)
 今みたいなのは手に余って困るだけだ。
「………別にいいじゃん。カードくらいさぁ………」
 おずおずと吉田は佐藤に言う。
「……クリスマスは、佐藤と過ごすんだし…………」
 うぅ、改めて口にすると恥ずかしい、と吉田は歩きながら真っ赤になった。自然と視線が自分の爪先に向かう。それでも、横の佐藤が自分を見ているのが、何となく解った。
「……ああ。そうだな」
 たったそれだけ呟いた声だけでも、佐藤の機嫌が浮上したのを感じる。
「クリスマスは、俺の部屋で二人っきりだもんなv」
「う…………わっっ!」
 吉田は強引に、さっきまでとは打って変わった明るい佐藤の腕に抱き寄せられる。実にすっぽりとその体に収まった。
「もー、何だよー!」
 引き剥がそうと腕に捕まってもがいていると、頭に何かが触れた。最初の頃は何をされたかさっぱりだったが、最近はそれが頭にキスされたのだと判る様になった。かぁっと顔が熱くなる。
「楽しみだなv」
「う………うん」
 つられて、頷いてしまう吉田だった。
 それが可愛くて、佐藤は今度は顎を掴んで上向かせ、薄く開いている口へとキスをした。


 そんな風に可愛い態度の吉田に少し機嫌を良くした佐藤だったが、吉田と別れて帰宅すると、またその感情は下降していった。吉田の部屋に艶子の贈り物があると思うと、どうも気に食わない。
 艶子が吉田にちょっかいを出すのは、吉田自体を気に入ってると同時にそれに対する佐藤の反応を楽しむ為なのは解っている。その時点で佐藤にとっては劣勢だろう。佐藤は艶子が拗ねたりむくれたとしても、何のメリットも無いからだ。
(ああ、面白くない)
 本来リフレッシュする筈の入浴で、佐藤は眉間に皺を寄せていた。そんな佐藤に「1人占めするからいけないのよv」と優雅な艶子の微笑が頭に浮かんだが、早々に追いだした。
 彼女は同じ性質を持ち合わせ、考え方の似ている者同士で。
 それはつまり、効果的な攻撃方法を予想し得る、敵に回してはいけない相手という事だ。



<終>



クリスマス的10のお題2
「……エ、プレゼント? ナニ、ソレ」配布元:
Abandon