この秋、吉田のクラスでは学園祭にカフェを開く事になった。この手のイベントでスタンダードな催し物だが、その分客寄せの為により高度なアピールが必要とされる。で、吉田のクラスはターゲットを男子に決め、女子がメイド喫茶もどきにうんと可愛い衣装で出迎える事にした。
 男子をターゲットに決めたのには、勿論意味がある。まず、女子は全員佐藤君に夢中である事(それならば佐藤をウリにすれば大きな利益が見込められるが、勿論それを許す筈も無かった)。そして、相手が男子なら料理の質を落としてもバレっこ無いだろう、というかなり酷い思惑が込められている。まあ、要はバレなければいいのだ。それに仮にバレたとしても目先の欲(可愛い女の子)に釣られるのは確実だろうし。
 割り振られた予算では、凝った衣装の為、そんなに数は作れない。だから表立って注文を受けるのは、選ばれた女子のみ。吉田なんかは後方支援(皿洗いなど)だから、ジャージでも着て行けばいいや、と思っていた。
 のだが。
「あっ、吉田。女子は全員ウエイトレス服着る事になったから、ヨロシク」
 何て言われたものだから、吉田は思わずぽかんとなった。やや出遅れ、疑問が口から出る。
「な、何で? そういう服着るの、注文受けるの担当の人だけって決まってたじゃん!」
 あー、それがねー、と何故だか相手は顔を染めて身をくねらす。
「佐藤君に話したら、全員で服装合わせた方がいいんじゃないかって……vvv」
 その時の会話の光景を思い出しているのか、ぽわわん、とした表情で言う。きっと佐藤は、処世術による人口甘味100%のあの微笑でも浮かべていたに違いない。またアイツは!と吉田は佐藤に対し、色んな気持ちで憤った。
「とまあ、そういう事だから。一応、予算をあげるつもりだけど、足りない分は自分で何とかしてねー」
「ええ――!? 何とかって、何だよ!」
 そんな吉田の抗議も聴こえないのか、相手は鼻歌歌う調子で去って行った。今、彼女の中では佐藤の提案を実現する事で一杯なのだろう。そして、佐藤に話しかけられた甘美な思い出と共に。
 反論すら聞いて貰えなかった吉田の遣る瀬無さと怒りの矛先は決まっている。元凶に向けるのだ。おそらく、クラス内の女子でこの案に反対する者は居ないだろう。何故なら、佐藤が言った事だからだ!だから吉田は直接佐藤に言うのである。クラスの中心で理不尽を訴えても蟻の前に置かれた塩のように無視されるのがオチだからだ。
「どうした吉田。そんな顔顰めてどうした? 腹でも減ったのか」
 いい具合に、その元凶が声をかけて来た。吉田は強張った声で言う。
「佐藤……ちょっと話あるから、帰り付き合って」
 現在の吉田の心中のイメージとしては、噴火寸前の山を思い浮かべたら最も解り易い。
「んー?なんだろ。もしかしてデートの誘いとか?」
「違うッ!!!」
 聴こえないように小声とは言え、クラスのど真ん中で何て事を言うのか。
 吉田が怒る意味も何もかも判ってるだろうに、相変わらずしれっと爽やかな笑みを浮かべる佐藤を、せめて吉田は精一杯、睨みつけた。そんな顔すら、佐藤にとっては非常に愛らしくしか映らないのだけど。


「も―――ッ! 何て事言うんだよお前はッ! おかげで衣装、用意しなくちゃならなくなったじゃんか!しかも足りない分は自腹だぞ、自腹!」
 帰り道、人気が――主にクラスメイトが――無くなった頃合いを見て、吉田が鬱憤を晴らす様に喚いた。そんな吉田も可愛いな、と佐藤は和んだ顔で眺めた。今日愛想笑いに費やした労力や疲労がいっぺんに吹っ飛ぶ。そんな顔も吉田はイラっとする。特に今は。吉田が更に不満をぶちまける前に、佐藤が言う。
「それなら、迷惑料兼ねて俺が服買ってやろうか?」
「えっ?あー…………いや、いい。自分で、買う」
 一瞬誘いに乗りそうになったが、佐藤プロデュース……といかセレクトの衣装なんて、きっとろくでもない上にとんでもないものに決まっている。吉田は謹んで撤回した。
「それに、嫌だって粘れば免除されるかもしれないしー。だって絶対似合わないもん、あんな可愛い衣装なんてさ…………」
 どこか剥れるように、吉田が言う。それまでは気にならなかった、世間一般男子基準で非愛され系な容貌が、最近は富にコンプレックスなのだ。主に、横に居るこの男のせいで。徹底回避を試みようとする吉田に、佐藤がねだるように言った。
「そんな事言わないで。いいだろ、着たってさ。俺が見たいんだから――きっと可愛いよ、吉田」
「…………………」
 その一言が、全ては佐藤の謀略で動いていたという紛れもない証拠だ。しかしそんな物を掴んだ所で、誰を納得させれるというのだろう。女子は皆、佐藤君の言う事は絶対! なのだから。
 全く佐藤と関わると理不尽な事ばかりで、しかもその被害が吉田に集中してるような気がしてならない。
 それでも、佐藤に蕩けるような微笑で「可愛い」と言われると、それまでの怒りが吹っ飛んでしまっている辺り、女子の事も佐藤の事も、とやかく言えないのかもしれない、と頬を赤らめた吉田は思った。


 その時はそんな風につい笑顔に絆されてしまったが、やっぱり何が何でも撤回させるべきかもと吉田は思った。ここは某量販店。バラエティグッズのコーナーで、吉田はウエイトレス服みたいな一式セットを手に、その値札を見て目つきの悪い目を更に険しくさせた。払えない料金では無い。が、これを買ってしまえば今月の小遣いがほぼ、飛ぶ。衣装用に貰った予算は本当に「一応」で何の助けにもならない気がした。まあ、それでも無いよりマシだと思うが……
 とりあえずここを基準として、店を見て回って一番安い所で買おう。早めにリサーチして良かった、と吉田は自分の先見を褒めた。尤も、こんな風に街をぶらついてるのは単に暇つぶしで、たまたまそういうのが売ってそうな店の前を通りかかっただけの事だが。最近の休日は専ら佐藤と過ごしている吉田だが、その佐藤は今日は実家に帰っていて居ない。別に寂しくないんだからな……と、俯いて誰かに言い訳する吉田だった。
「あら、吉田さん?」
 周囲のざわめきが少し質を変え、その中心からその声は発せられた。明らかに自分に向けられた声に、吉田はその方を向く。そこには、リムジンの窓から顔を出した艶子が居た。
「つ、艶子さん……?」
 目を瞬かせて、吉田が言う。その途端、あの絶世の美少女がどうしてあんなのと知り合いなんだ? どういう間柄なんだ? と好奇の目が吉田にチクチク刺さる。こんな思いは学校内で、というか佐藤とだけで十分なのに。居心地の悪さに、小さい吉田の体躯がさらに縮まる。小動物みたいに委縮する吉田を、艶子はほっこりとした笑みで眺めた。
「こんな所で出会うなんて奇遇だわ。これから、どこかに行く予定でもあって? それなら、送って差し上げてよ」
「えっ、いい、いいよ! そんな、特に用事とか無いし……」
「あら、それなら、ご一緒にお茶なんてどうかしら」
 わたくしも時間を持て余していてよ、と艶子に誘われて、吉田はうっ、と詰まった。用事が無い、と言った後ではかなり断り辛い。やや困ったような吉田を、艶子はふふっと満足そうに眺めた。頷くしかない状況に意図的に追い込まれたのを、吉田は気付けないでいる。この無垢さがたまらなくいいのだ、と艶子が内心満足気に微笑む。
 そして、決定打として、運転手に目くばせし、ドアを開けさせる。ここまでされたら、吉田は断れない違いない。案の上、一瞬喉に何か詰まらせたようにうっ、となり、その後お邪魔します、と言いながら車内に入って来た。リムジンの中で、向かい合わせに座る。周囲の雰囲気と合ってない自分の服装を気にしている吉田は、そわそわしていた。お出かけ、というより時間つぶしという感覚で出て来たので、服装には全く気遣っていない。ジーンズにパーカーという組み合わせだった。こんな事になるなら、もうちょっとマシな服を選んだ置けばよかった……と、軽く後悔する。
「制服姿も素敵だったけど、私服だとまた一段と愛らしいのね、吉田さんってv」
「えっ!? ぅえぇっ!? いやっ、別にっ、その、こんなの、普通の……ッ!」
「本当に隆彦が羨ましいわ。きっと、もっと可愛らしい吉田さんも知って居るのでしょうね」
 本当に羨ましそうに呟いたのは、演技でも計算でもなく艶子の本音だった。服装を気にしている吉田にあえてそれを話題に取ったのは、意図する所だが。
 艶子のセリフは(今のには)他意はなかったのだが、それを元に吉田が勝手に他の記憶を引きずりだしたのか、茹でたロブスターみたいに真っ赤になった。意味するニュアンスの全く違う「可愛い」を言われたのを思い出したのだろう。全くもって同士が妬ましい艶子だった。少しくらいその可愛さを分けてくれてもいいのに!
 と、ゆー事で佐藤の留守を狙って吉田の元に来た艶子さんだった。目的とは叶える為にある。
「つ……艶子さん、だって……可愛いよ」
 居た堪れなさを誤魔化す為にか、吉田が小さい声ながらも言う。あら、と艶子は首を傾げて優雅に微笑む。
「吉田さんにそう言って貰えると、凄く嬉しいわv」
「………ぅ、……そ、そっかな………」
「ええvv」
 何故だか、可愛いと言った方が照れてるという、通常とは少し変わった構図を展開させながら、リムジンは商店街を進んで行った。

 艶子は車内で言ったのだ。今から行く店は、いつもちょっと空いた時間を過ごす、そんな普段使いのような所だと。
(ど、どこが!)
 吉田はふっかふかのソファに座り、がちがちに緊張していた。艶子に連られてやって来たのは、どこかのホテルのティーサロン。しかも、何だか他とは区切られた一角に案内されて、もしかしなくてもこれはプライベートルームというヤツなのでは。艶子はこの雰囲気に相応しい格好だが、吉田はパーカーである。感じる違和感はすでのピークを越えようとしていた。それよりも、緊張で目が回りそうだった。艶子に訊かれた事には、全部「はい」しか返さなかったような気がする。しかも雰囲気に慣れない所に、吉田に第2の試練が降りかかる。いかにも立ち振る舞いを訓練してきたようなウエイターが、恭しく吉田達のテーブルへと訪れた。自分の父親くらいの年齢にの男性に給仕して貰うなんて、勿論吉田には初めての事なのでやたらしなくてもいい緊張までしてしまう。運んできた紅茶に砂糖をどれくらい入れるかを聞かれただけなのに、まるで街中で外国人に道を訊かれた時みたいに、頭が真っ白になってしまった。あわあわと上手く声も出せないような吉田を見て、艶子が楽しむように微笑む。それから、ウエイターに向けて言う。
「後はわたくし達でやるから、もうよろしくてよ」
 だからお前は下がってよろしい、と艶子はいかにも人を使う側の人間らしい威厳を持っていた。思わず吉田も、ウエイターと一緒に頭を下げてしまいそうになる。美しい、と表現出来そうな会釈をしたウエイターは、来た時と同じように、早くも遅くも無い速度で歩いて行った。去っていくウエイターに少しほっとしつつ、吉田は自分の紅茶に砂糖を入れようと、砂糖壺に手を伸ばしたのだが――
「吉田さん、砂糖はおいくつかしら?」
 先に艶子に取られてしまい再び、あうう、と困る吉田。これではウエイターが行った所で状況に変わりない。吉田的には。
「え、えっと、じゃあ3つ………」
 言いながら、指を三本立てる可愛い吉田だ。艶子はクスっと笑い、指示された分の砂糖を入れて行く。
 艶子の、それだけの行動すら、吉田には洗練されたように見える。自分と住む世界が違う、と吉田は息を吐きだした。艶子には悪いけど、とても寛げない。いつもは狭いと感じる自分の家居間がやけに恋しく思う。
「さあ、吉田さん。食べましょv」
「う、うん……」
 吉田は小さい声で答えた。
 しかしそんなぎこちなさも、マスカットのタルトを口にした途端、一気に霧散したかのようだった。砂糖で煮詰まれたマスカットはうっとりする程甘く蕩けて、甘いもの好きな吉田を途端に虜にした。うっわー、凄い美味い!と場にそぐわない声が思わず口を出たくらい、それは美味しかった。
「気に入ってくれたようで、嬉しいわ」
 美味しい美味しい、と顔を綻ばせる吉田に、艶子もまた微笑む。佐藤と同じドS気質で好きな子の困った顔が何より好きという艶子だが、それでも満面の笑みを見て嬉しくない筈がない。言い方はアレかもしれないが、艶子だって人の子なのだから。
 甘いスイーツのおかげでリラックス出来たのか、クラスメイトとするような、とりとめのない会話を楽しむ余裕すら出て来た。その内、お互いの学校生活についてが話題の主となった。と、なると吉田の方で必然的に出るのは今度の学園祭についてだ。
「それでね、ホントは着なくても良かったのに、佐藤が余計な事言うから買わなくちゃならない羽目になって……」
 今日の偶然の出会いの元となった事を、吉田は愚痴るように言う。佐藤の心境が解るのか、艶子は上品に笑って言った。
「隆彦は、本当に吉田さんが好きなのね。だから、困らせたくて堪らないんだわ」
「…………。何ていうか……それ、本当に困る……っていうか………」
「ふふ、吉田さん、可愛いv」
「……からかわないでよぅ……うぅ………」
 真っ赤になった吉田は、意味も無くカップの中のスプーンで温くなった紅茶をかき混ぜた。艶子と佐藤の気質は本当に似てるから、艶子がそう思った事は佐藤の真実でもあるのだろう。まあ、艶子に言われるまでもなく、佐藤の迷惑なちょっかいが、そのまま迷惑な愛情表現だという事は、吉田も解っている事だけども。しかしそれでも、いやそれだから余計に明言されて恥ずかしい吉田だった。艶子は数少ない自分達の関係を知る人物であるし、それを好意的に見てくれる唯一の存在だと言ってもいい。事実を隠す必要も無く、また良い方に認められてるという点では、艶子と居るのは気が楽だ。最も、他の部位が著しく摩耗するように思うが。
「……それで、という事は、吉田さんはまだ衣装を用意出来てないのね」
「ああ、うん。まだ。これから探さなくちゃなー」
 時間はまだある、と思いながらも、そんな時間はあっという間に過ぎるというのは、今までの経験で解りきった事だ。全く面倒くさい、と吉田は心の中で佐藤に向けて恨みを発射した。
「それなら、」
 と、艶子は殊更明るい笑みと声で、吉田に言う。
「その衣装、わたくしに用意させて貰えないかしら?」
「………へっ? え、それって?」
 突然の申し出に、吉田はきょとんとしてしまう。
「お友達が目の前で困ってるんですもの。自分が手助け出来る事なら、惜しみなく力を貸したいわ」
 自分の胸に手を置き、艶子が優雅に言う。それで、吉田も艶子の発言に合点がいった。
「う、うーん、嬉しいけど、それは…………」
「お礼なら、その学園祭に招いて貰えたら十分だわ。吉田さんが、わたくしの作ったお洋服着てるだけで、凄く満足ですものv」
 そう言った艶子の脳内では、吉田に着せる服のデザインで一杯なのか、ふふふ、うふふふ、と軽くトリップしてるように見えた。
(艶子さんって、服作るの趣味なのかな)
 そこは正確には、吉田に可愛い服を着させる事こそが目的なのだが、生憎吉田にはそこまでの深淵を覗きこめる洞察力は無い。無くてもいいものだし。
「じゃ、甘えちゃおうかなー。学祭来てくれたら、御馳走するね。一応、ケーキとかも出すんだ」
「まあ、楽しみv」
 艶子は本当に嬉しそうで、楽しそうだ。友達に出費させるのを少し心苦しく思っていた吉田だが、その笑顔で承諾して良かったかも、と思えてくる。
「それじゃ、早速――」
 それまで無邪気なくらいの笑みを浮かべていた艶子の双眸が、すっと細められる。妖しく眩む艶子の目に、吉田の背筋にゾクゾクゾクッと悪寒が走る。
「つ、艶子さん………?」 
 向かいに座っていた艶子はささっと吉田の横に回り、密着せんばかりの勢いで身を寄せる。吉田の背にひじ掛けの部分が当たり、これ以上の退路は無いと告げた。
「サイズを図らなくてはなりませんわね。ちゃんと寸法はしっかり取らないと……ああ、吉田さん、何て細い腰なのかしら。思いきり抱きしめたら、折れてしまいそう………」
「ちょ、ちょっとちょっとー!!?」
 そう言いながら腰を抱かれて、慌てる吉田。
「そんなに緊張しないで。正確なサイズが測れなくなるわ……さあ、もっと力を抜いて。わたくしに何もかも委ねて………」
「わーわーわぁぁぁぁぁ――――ッ!!!!」
 迫りくる艶子に、2人掛けのソファの上で、吉田は叫んだ。


 艶子のくれた連絡によれば、今日の夕方、例のブツが届くそうだ。例のブツとはつまり、今度の学園祭で吉田の着る衣装だ。
 そして、指定の日時きっかりに荷物が届く。大きな箱を抱えるようにして自の部屋に運ぶ。はたして、どんな仕上がりになっているのか。当日のお楽しみと言って、艶子は悪戯っぽく教えてくれなかった。箱を開くと、見るだけで上等そうな生地が見える。レースもとても繊細で、手が込んでいる。さすが艶子さんだなー、と感嘆しつつ、吉田は全体デザインを見ようと、衣装を箱から取り出す。そして、全体を眺めて、吉田は――
「……え、ちょっ、これ、何……何コレ――――――ッ!!!!?」
 気付けば、そう叫んでいた。

 佐藤には衣装を貰う事を断固拒否した吉田だが、それでも艶子には承諾したのは同じ女の子だからそう突飛な――着るのに困らないデザインはしないだろう、という考えあっての事だ。しかしそれが大きな間違いだった。艶子は女の子であるのは確かだが、自分と同じで括っていけない。同列すべきは佐藤なのだから!
 ……とりあえず、あの衣装はあのままそっと部屋の中で眠って貰おう。誰にも知られる事無く、誰の目に触れる事無く。それが一番平和なのだから……(吉田にとって)
「吉田、お前艶子に衣装作って貰ったんだって?」
 ずべしゃー!
 派手に転んだ吉田を、佐藤が「おいおい、どうした?」というように抱え上げた。その中で、吉田は頭を抱える。
(あー、そうだった! 艶子さん、作ったのを佐藤に教える、っていう手紙が入ってたっけ……!)
 邪魔が入ると困るから出来るまでは内緒にしておくけど、その後は佐藤に嫉妬を向けられても困るから(そりゃそうだ、と吉田も思わずにはいられなかった)暴露しちゃうわvという手紙が衣装とともに入っていたのだ。その場では実物のインパクトに押され、頭の中から抜け落ちてしまっていたが、かなりの重要事項である。出来れば佐藤には隠しておきたかったのに!
 その佐藤は、オモチャ屋の前の子供みたいに、キラキラと顔を輝かせている。
「次の休みにさ、その服持って来いよ」
 誰より最初に、そして2人きりの所で見たい、と佐藤は強請る。ある程度、吉田でも予想出来た流れだ。
「う…………」
 吉田は言葉に詰まる。どうすればこの場から逃げられるか。吉田は必死に知恵を絞ったが、自分にそういう知恵が足りない以上に、相手が悪かった。
 肯定を言い淀んでいる吉田に、佐藤が言う。背後のオーラをどす黒くさせて。
「なあ、吉田。お前、俺の性格解ってるだろ?欲しいものはそう簡単に諦める性質じゃないんだ。もし持って来なかったら、お前の家に押し掛けて両親に娘さんと良いお付き合いさせて貰ってますと言った後に服を持って来るからな。絶対に。」
「………………。はい」
 自分が、逃げきれない袋小路に追い詰められたのはいつ頃だろう……と思いを馳せたが、虚しくて悲しくなったから、すぐに止めた吉田だった。

 ああ〜まさかこれを本当に着る羽目になるなんて〜、と吉田は自分の不遇っぷりに涙しながら、服を持って佐藤の家に訪れた。やっぱり佐藤の姉は居ないのだが、今はそれに突っ込む気力も無い。
 持って来た箱が意外に大きかったので、佐藤は迎えに行けば良かったかな、と思う。最も、箱の大きさは吉田との相対で少々錯覚も起こしているが。こういう時、自動車が欲しいと思う。取れる年齢になったら、すぐに取ってやろうと佐藤は秘かに決めた。
「……先に言っとくけど……似合わないからって笑うなよ」
 苦虫を100匹くらい噛み潰したような顔の吉田が言う。
「笑わないよ。可愛いに決まってるしv」
「………………」
 吉田の渋い顔に、さっと朱が入った。何だかんだで、佐藤に「可愛い」と言われるのは、嬉しい。佐藤はそれだけは揶揄ではなく、本音で言うから。最も、吉田は自分でこの顔のどこが可愛いのか、さっぱり解らないのだが。
 結局は、佐藤の事が好きなのだ。だから理不尽な扱いも受け入れてしまうし、今も着たくない服を着ようとしている。
「……………」
「……………」
「………………ちょっと……佐藤、出て行けよっ!」
 今から着替えようとしているのに、佐藤はそれが当然とばかりにこの場に居座ってる。
「えー、ここ、俺の部屋なんだけど?」
「だから何だ! 着替えるんだから、出てって!」
「何を今更。もう全部見てる…………」
「いいから、出てけバカ――――――ッ!」
 吉田が投げたクッションを容易く受取り、佐藤は「はいはい」と物解りのいいような返事をして部屋を出た。

 佐藤の部屋の防音はしっかりしている。室内でヘビメタを大音量で聞いても平気……とまではいかないが、着替えの際の布擦れの音なんかは遮断してしまう。大人しく、佐藤はドアの横、壁に背もたれして突っ立っていた。しかし退屈はしない。吉田が中で真っ赤になりながら着替えているかと思うと、それだけで気持ちが踊る。待てば齎されるというこの喜び。クリスマスの夜、明日の枕元に期待する子供と同じかな、と佐藤は思ってみた。
 さて――
 佐藤が部屋を追い出されてから、10分経った。通常とは異なる作りの服で手間取ってるのを考えても、とっくに着終わっているだろう。それでもこのドアが開かないのは、吉田の心境のせい。
「吉田ー? もう、着たー?」
「……え……ぁ……う………」
 ドア腰に、くぐもったような声がする。
「着たの?」
 より強い確認の声に、吉田はうん、と返事した。嘘がつけない吉田が愛しい。最も、この場合でいつまでも着てないなんて言い続けても何の得にもならないくらい、誰にも解るだろうが。
「入るよ」
 一言断っておいて、佐藤は入る。一体誰の部屋なんだかな、と胸中で苦笑しながら。
 そうして、開いてすぐ、ちょうど真向かいに立っている吉田が目に飛び込んだ。顔と言わず、目に見える範囲の肌がすでに赤い。この調子なら、全体が赤いのだろう。
 艶子がデザインしたというから、思いっきり飾り立てるか、露出を冴え渡らすかのどっちかだと佐藤は予測を立てていた。どうやら、当たったのは後者のようだ。まるでカクテルドレスのように開かれた胸元、どこまでも短いスカート。そんな少ない布の面積でも、ちゃんとウエイトレス調に仕立ててあるのはさすがだと称賛出来る。いや、これはウエイトレスというより――
(メイド、だよな)
 深い藍色は肌の色をよく映えさせた。鎖骨から胸元にかけて、ほんのりと色づいてる肌が艶めかしい。
「〜〜〜っ、さ、佐藤………っ!」
 見られてる視線に耐えきれなくなったのか、羞恥ですでに涙目の吉田が佐藤を見上げていう。涙目で見上げる双眸――特に偏った嗜好が無くても、ダイレクトに胸に響く様子だ。胸がきゅんっとなる。ときめく。
「な、何か言え……い、いや、いい、言わなくてもいい。何も言わないで………」
「どうして? 言わせてよ」
 俯く吉田に顔を寄せ、わざわざ耳元で言う。
「閉じ込めちゃいたいくらい、可愛い」
「――――ッ!」
 そう言われただけで、特に触れられた訳でもないのに、全身の表面にビリビリと電流のようなものが走る。足に力が入らなくて、気力でカバーしないとくたくたと崩れ落ちそうだった。もう、倒れそう。
 でも倒れる訳にはいかない。そうしたら、あまりに短いスカートから、下着が見えてしまう。丈の短さとの引き換えのように、二―ソックスは長めの物だが、それが何の慰めになろうか。意味がないよ艶子さん! と吉田はここに居ない人物を責めた。
 と、いうか、どこまで本気のデザインなのか、問い詰めたい気分だ。こんな露出の激しい物、とても店で着て出るようなものではない。まして、高校の学園祭で!
 だいたい、こんな服はもっと胸の大きいような、スタイルの良い人が着るべきではないのか。過激なデザインと貧弱な体躯が吉田には不協和音を奏でてるようにしか思えない。恥ずかしい。でも佐藤は閉じ込めたいくらい可愛いと言う。とても、恥ずかしい。
「吉田、座れば?」
 真っ赤に直立不動になってる吉田に言う。相手の様子の理由なんて、承知の上で言っている佐藤だった。吉田は、嫌だ、と首をブンブン振った。
「ぬ……脱ぐっ。もう、脱ぐからっ!」
 だから座らなくてもいいのだ、と短い裾を気にしながら言う吉田。そうして、脱ごうと手をかけて――
「――――だ、だから出てけってばぁ………」
 脱ごうとしてるんだからっ、と真っ赤になった吉田が憤慨して言う。
 脱ぐと言った時は特に反応も示さなかった佐藤が、ここにきて意固地な態度を取る。
「ヤだ。もっと見て居たいんだもん」
 だから脱ぐというのは認めるけど、そのギリギリまで見て居たいと佐藤は言うのだ。吉田にとっては何とも酷い話だ。目の前で脱げと言ってるも同然なのだから。
「さ、佐藤…………」
 ぐすぐす、と溜まった涙が鼻を鳴らす。
「ほ、本当にもう……は、恥ずかしいんだよ……お願いだから………ひやぁッ!?」
 佐藤の顔が見れなくて、目を逸らしていると急に腰を掴まれた。胸に溜まる羞恥のせいか、それだけでも吉田の反応は過剰だった。
「脱げないの? なら、手伝ってやるよv」
「やっ、やだぁ――――ッ!」
 そのまま、後のベッドに雪崩込む。脱がせてくれるのは確かだろうが、絶対にそれだけでは留まらないのも確かだ。
「や、止め………や、ぁっ!」
「ああ、やっぱりブラ外してたんだ」
 と、佐藤は襟をずらしただけで露わになった胸を見て、呟く。
「だ、だって、着けてたら紐が見えるしっ………!」
 嫌だ嫌だとは言いながら、トータルコーディネートを気にするのは人の性だろうか。紐が見えるのはダメだと思っても、他にやりようもあったと思うが。まあ、吉田の胸のサイズだとチューブトップも難しいだろうから、良い策が見当たらなかったのだろう。一言俺に相談くれたらなー、と無責任に佐藤が思う。
「!!っ、や、やだぁ……触んないでぇっ…………!」
 ソックスと下着の僅かな隙間を、佐藤の指が這う。その感触に、ぞわぞわと肌が泡立つのを、吉田は堪える事が出来ない。涙ぐみ、懇願するが勿論佐藤は許してくれない。
「吉田、いつもより反応いいね。服のせいかな?」
 何言ってんだバカ、といつものように言い返したかったが、下着の上から秘所を撫でられて、悲鳴に似た声だけが上がった。押さえつけられた布で、そこがすでに十分潤ってるのを知り、吉田は恥ずかしさで頭の中が真っ赤になった。まだ、胸を見られて足の付け根を撫でられただけなのに、こんな。
(うぇーん、恥ずかしいよ〜〜〜〜っ!!)
 真っ赤になった顔を、両手で覆う。見えなくなった佐藤が何をするかと言えば、大事な所を覆う小さい布を取っ払ってしまった。ただえさえスカスカする下肢が、いよいよ涼しくなる。
「!!! ちょっ、何して――――ッ!?」
 自分の足を抱える佐藤に、吉田はセリフの途中で途切れてしまった。そのまま足を大きく広げられ、頭がボン!と破裂したような衝撃を受ける。
「今日はこのまましよっかv 吉田可愛いし、俺もその方が楽しいしv」
「なっ……ばっ………!!」
 真っ赤になった吉田が、口をパクパクさせる。何か言いたいのだろうが、何も言えないのだろう。それをいい事に、佐藤は吉田も引き戻せない所までさっさと進めていく。
 羞恥を感じて快楽が増してしまうのは、仕様の無い事だ。今日の吉田の甘い声は、いつもよりもっと蕩けていた。

 後日。
 吉田と初対面の時と同様、艶子は突然吉田の前に現れた。そして申し訳なさそうに美麗な顔を曇らせている。
 話が出来る所を、と吉田は「穴場なんだぜ」と牧村に教えて貰った落研の部室へと艶子を通した。真向かいに座った艶子は、吉田に謝罪した。先日送った衣装についてだ。
「本当に、ごめんさい。わたくしとした事が、中身を自分で確認しないまま送ってしまうなんて……
 どうやら、発注の段階で手違いがあったみたいで、わたくしの頼んだ図案とは違うものが作られて、そのまま吉田さんの元に行ってしまったみたいだわ。驚かれたでしょう?」
「う、うん、まあね………」
 あの服に纏わる出来事全てが吉田の脳内でリピートされ、思わず引き攣った笑みで答える吉田だった。
(そっかそっか、艶子さんも知らない事だったのか)
 吉田は納得してしまったが、佐藤が居れば「んな訳あるか。絶対わざとだろうが」と真実を断言してくれただろうに。佐藤は今、図書室に居た。どこか嫌な予感を感じながら。
 つまり艶子は、吉田の困った顔は見たいが、信頼も寄せて貰いたい。最初から全てを完璧にこなす人物より、ミスを素早くフォローする人の方が頼もしく見えてしまうのを逆手にとった計画だ。
「あ、じゃあ前の服は……」
「あれはあれで吉田さんにあげた物ですもの。好きに扱ってくださって構わないわ」
 そう言われ、吉田はほっとした。所存を訊かれたら、「佐藤がダメにした」と全てでは無いがそれ以上に嘘でも無い事を言おうと思っていたが。あれは佐藤が悪い。絶対に悪い、と事が終わった後の服の惨状を思い出し、佐藤に恨み事を溢す事で吉田は真っ赤になる顔を堪えた。
「それで、こっちが本当。確認の為に、この場で開いてくださいなv」
 箱を受け取った吉田は、うん、と頷くと蓋を開ける。
「あっ、可愛い」
 そんなセリフが、吉田の口から出た。入っていた衣装は先日送られたのは大違いで、前のインパクトが酷かったせいもあるだろうが、これなら吉田も着ていいと思えるようなものだった。シンプルだけど、スポーティーになりすぎず、ちゃんと可愛い。
「気に入って貰えたかしら?」
「うん! ありがとう、艶子さん!」
 吉田から満面の笑みでそう言われ、高揚感が艶子を包む。思わず、感動した。そして佐藤を恨んだ。こんな可愛い生き物を、一人占めするなんて!
「――ねえ、吉田さん。ちょっと着てみてくれないかしら?」
「えっ、ここで?」
「ええ、サイズが違ったら大変ですもの。出来たのを直すのって、場合によっては最初から作るのより厄介とか聞きますし……」
 そう言って、わざと真摯な表情で告げるとあっさり信じる吉田だ。
「そ、そっか。じゃあ、着てみないと………つ、艶子さん?」
 いつの間にか、横に回って来た艶子がにこっと微笑んでいる。……いつか見たシチュエーションだと思った。
「少し着るのに難しい所があるから、手伝ってさしあげてよv」
「あああ、あの、あの、脱ぐのは一人で大丈夫………」
 するするとボタンをはずす艶子の細い手に、同性ながら妖しいものを感じてしまう。それに中てられたか、微かに紅潮する頬を、艶子はうっとりとした手つきで撫でる。
「ふふ、吉田さんの肌、綺麗……熱い蝋なんて垂らしたら、すぐに痕がついちゃいそう………」
「つ、艶子さん? え? ろ、蝋??? 」
「艶子――――ッ! 吉田から離れろ―――――ッッ!!!!!」
 この時、佐藤が駆け付けるのが間に合ったのは、もはや愛の奇跡としか言いようが無かった。

 その後、新しく貰った衣装で吉田は無事に無駄な出費をする事無く学園祭を迎える事が出来た。
 余談ながら、最初に貰った衣装は佐藤がしっかり保存してあり、それ値する分量の吉田の秘蔵ショットを佐藤は艶子に送った。吉田にちょっかいをかけまくる艶子ではあるが、佐藤は良くも悪くもギブアンドテイクで物事を図れるのだ。
 ただし勿論、吉田を覗いて、だが。



<おわり>