最近熱帯化でも進んでいるのか、数年前から度々訪れるゲリラ的な豪雨で頭からつま先までびしょ濡れになってしまった吉田を見かねて、自分の家で風呂に入る事を勧めたのは純粋なる親切心だった。と、言ってもこうなった今では誰も信じてくれないだろうが。
「佐藤のバカー!嘘つきー!やっぱりヘンな事するじゃんか――!」
 うわあああん!と泣きの入る吉田に申し訳ないとは思うが(思うだけ)佐藤も佐藤でのっぴきならない状態なのだ。ここで引けない。
「だってなぁ、お前、考えてみろよ。好きな女の子と一緒に風呂入って、何にもならない方が異常事態大発生だろうが」
 それに恋人同士でこーゆー事するのはヘンな事じゃない、と言う調子はしれっとしたものだが、実は佐藤の内は非常に切羽詰まっていた。せめて風呂から上がるまで保つだろうと甘い見込みをされた理性はとっくに崩壊されていて、最後の防波堤としては慣らされても無い秘所にすっかり滾った自分のモノを突き入れない制御のみだ。さすがに、男を受け入れるようになってまだ数か月と満たない吉田の無垢な体躯に、そこまで無体な真似は出来ない。していい筈がない。
「もう諦めろ。な? ベッドでやるのも風呂でやるのも大差ないだろ」
「だって、だって………ひゃあっ!?」
 慎ましやかだが、きちんと膨らんでいる柔らかみは掌で堪能しつつ、徐々に反応しつつあった胸の突起をきゅぅ、と抓むと嬌声と一緒に吉田の体躯も跳ね上がった。どうやら佐藤が本気で決行する気なのだと察した吉田は、一層目にじわじわと涙を溜めた。零れないのが不思議なくらいだ。
「……ひっく……ぅう……佐藤のバカ……嘘つきぃ…………」
 いよいよ本格的に体を弄る佐藤の手に、吉田も退けない所まで来たのか、背後から抱きしめる形の佐藤には真っ赤になった項が見える。さっきと同じセリフで佐藤を罵るが、声も口調もさっきとはまるで違うものだった。
「うん……ごめん。でも、好きだからさ」
 吉田には我慢が効かないんだ、と相手の人の良さに付け込んで、佐藤は勝手な想いを告げた。


 吉田が喜ぶだろうと思って入れた入浴剤は、乳白色で青りんごの香りがする。自分を受け入れる時、吉田に大きな負担をかける事ないようにと、佐藤が丹念に前戯を施すと、それに感じる吉田の体躯がその白い水面がぱしゃぱしゃと揺らす。ミルク風呂を連想するような湯船に、動く手が見えないのが吉田にとって救いになるのかそうでないのか、佐藤にいまいち判断が出来なかった。そんな事を悠長に考える余裕が無かったとも言える。汗ばんだ体躯から、入浴剤の芳香の奥に吉田の香りがする。人工的な香りではなく、佐藤の頭の芯を痺れさすような匂い。
 早く、熱くてきつい吉田の内部に自分を埋め込みたい。絞めつけるような動きに逆らって、何度も擦り上げ二人で絶頂を迎えたい。最も、それなりに経験のある佐藤と初めても同然の吉田では感じる度合いが違うので、同じタイミングで達した事は未だ無いのだが。当面の佐藤の目標である。祈願かもしれない。
「っうー……ん……んっ……くぅ……っ……」
 あられもない声を上げてしまうのを堪えている為、まるで苦痛に耐える呻きのようなものが、食いしばった吉田の口の端をすり抜けるように零れる。それだけの声でも、佐藤を追いつめるには十分なものだ。耳から入ったその声で、腰の奥が疼くように熱い。自分が限界を迎えてしまうより先に、相手も同じ所にまで来て貰わないと、と焦った佐藤は吉田の耳に甘く噛みついた。ぱしゃっと水面が大きく跳ねる。
「や、やだ、耳止め、っああああああッッ!」
 耳への執拗な攻めで、意識が殺がれた隙を狙い、佐藤は秘所を解す指をもう一本増やした。慣れない吉田は最初指一本を入れるのにも辛そうにしている。自分を入れるのなら、最低でも2本は入れるようにはならないと。
「ひぅっ、ふっ、あぅっ、うぅぅぅ――ッッ!!」
 ぐにぐにと内部で蠢く佐藤の指に翻弄され、吉田はその感覚から逃げるように体をくねらす。しかし後から抱きかかえるような姿勢の為、ほとんどその抵抗は生かされてなかった。何度か、絶頂寸前の強い快感を体が受けた時、完全に消化出来なった快感を体が絶える為に間接が変に痛い。もどかしい。何とかして欲しい。
「さ、とう、さとう…………」
 はー、はー、と息をつく合間にも耳が弄られ、内部はくちゅくちゅと音を立てて蹂躙されている。実際には湯に吸収されてるだろうその音は、まるで体内を伝って鼓膜を響かせてるような錯覚を生む。温めとは言え、湯に浸かっているから逆上せたのか、吉田の意識がクラクラと霞んできた。段々と羞恥心が削がれ、吉田にも確かにある佐藤よりは余程拙い性欲が顔を覗かせた。早く気持ち良くなりたい。
「……も、もう……早く……早く、し、て…………」
「ん、解った」
 散々口内で弄んだ耳を解放し、最後に裏にちゅ、と口付けた。そして、吉田の口から次を要求する言葉が出たから、佐藤も吉田に入れる準備をする。
 正直、佐藤にはどこまで中を弄れば十分解れたのかという目安があまり解らない。確かに経験はあるのだが、大抵相手も慣れているので自分で済ませてしまうか、あるいは適当に本でも見た通りにしておけばそれで良かったのだ。でも吉田にはそんなおざなりな事は出来ない。それでつい、ねちこい前戯になってしまい、「佐藤の意地悪」と吉田に怒られるのだが、最も危険な地雷である女性遍歴について触れなければならない事情を打ち明ける訳にいかない佐藤は、この先ずっと吉田にとって意地悪なままなのだろう。それはそれで構わないと思う佐藤だ。意地悪、と喚きながら感じる吉田はそれはそれはとても可愛らしい事もあり。
「あ、ぅ―――ひッ!」
 中から指が抜ける感触に、吉田は思わず声を洩らす。それに加え、今日は慣らされて開いた秘所に湯が入り込むから、それに驚いて思わず後の佐藤に縋る。
「どうした?」
 いつもと違う反応を取った吉田に、佐藤が訝しんで声をかける。
「いや、あの……お、お湯が入って来て…………」
 まっすぐに自分を気遣う目を見せる佐藤に、吉田は顔を赤らめながら囁くように説明する。ああ、と佐藤が納得して頷いた。
「苦しい? なら、、中をかき出してあげようか?」
「……………。いっ、いい! いい! しなくていいから!!」
 おそらくされる事の恥ずかしさに、吉田はまたもや真っ赤になった。初心な吉田に、佐藤はクック、と喉の奥で意地悪く笑うと、半端にひっくり返っている吉田の体を完全に反転させ、自分と向き合うようにした。佐藤と真正面に向き合う姿勢に、吉田が視線をあちこちに彷徨わせる。これからしようという相手の顔が見れないのだ。
(可愛い)
 今度は額に軽くキスをして、軽い体を抱き上げるように引き寄せる。その途中に、すっかり万端な佐藤に触れた吉田が硬直したように顔を赤くした。折角慣らしたのに、そんなに固くなって大丈夫だろうかと佐藤は少し思案する。確かめるように、表面に自身を滑らせると、吉田が「ひゃああああ!?」と戸惑ったように甲高い声を上げた。と、同時に秘所の入口は佐藤を迎い入れるようにヒクついて絡み付く。その反応を見て大丈夫そうだなと判断した佐藤は、見えない色の湯の中、先端の感覚だけで孔を探し当て、ゆっくり埋め込んでいく。向きあった体勢なのをいい事に、侵入の程に合わせて歪む吉田の顔を堪能した。
「う……うぅ………」
 いくらか解されたとは言え、やはり狭い中を掻き分けて押し込むそれに、吉田は苦しそうな声を洩らす。痛みはないようだが、いかんせん所詮は異物なのだから、受け入れるのに生理的な抵抗がまだ強いのかもしれない。それでも、最も太い箇所を飲み込むと、あとは引き摺られるように中へと埋まっていく。いつもの事ではあるが、しかし、今日のは。
「痛いか?」
 自分を飲み込む早さが些か急だったのを、佐藤は勿論見逃さなかった。知らず性急に突き入れてしまったのだろうか、と思って吉田に確認を取ると、相手は首まで真っ赤にし、痛くない、と小さく言った。どうやら吉田も、普段と違う事を感じ取ってるようだ。いつもなら、中に入る一瞬、侵入を阻むように固く綴じるのをやや強引に突破するのだが、今日はそれが無かったのだ。
(風呂に入りながらが良かったのか……それとも姿勢が良かったのか…………)
 吉田を一旦落ち着かせる為と、埋まった自分を覚えさせるように、すぐには動かずにじっとしている間、佐藤は考える。思えば、いつも正常位だったような気がする。何故ならその体制が一番顔をのぞき込み易いからだ。しかしこの体勢を取ると、体を折り曲げる必要がある。その辺りの問題だろうか。まあ、その辺の考察は一旦置いておいて。自身を全て吉田に収めた佐藤は、こめかみ付近にちゅっとキスを落とした。
「こんなにすんなり入ったって事は……何だかんだ言って、吉田も結構その気だったんだなv」
「な、ぁ、ち、ち、ちが………っ」
「じゃあ、この反応、どう説明するんだ………?」
 低く耳元で囁き、湯の中で吉田の細い腰を掴んで上下に揺さぶる。反論しようとしていた吉田が、背筋を逸らして声の無い悲鳴を上げた。
「ば、ばかぁっ! 急に動くなぁ………っっ!」
 完全に不意をつかれ、堪える事が出来なかった。人の目の前で醜態を晒したと――しかも好きな人に――吉田は胸が焼けるような羞恥に見舞われる。
「んー。やっぱりお湯の中だと動きが違うよな………」
 佐藤は呟いた。浮力と液体の抵抗で、自分が思ったのと少し違う動きになるのだ。タイミングがずれると言うか。
「ひ、人の話、聞い、――ぅあっ!?」
 中を擦る佐藤の先端が、どこかを突いた時に吉田がひときわ大きく反応した。「ここなんだ?」と佐藤はわざと口にして、そこばかりを責めてくる。
「あっ、や、やだぁっ! 止めろよぉっ!」
「吉田って小さいからさ……すぐ奥まで届いちゃうね」
 ホラ、と言ってから、吉田の感じるポイントを強く掠めて一気に奥まで付き入れる。
「ひっ――――ぃ、ああぁあぁぁぁっ!」
 急に襲った衝撃に、声を耐える事もままならなく、自分の嬌声に押されるように吉田が軽く達する。とぷり、と佐藤を受け入れてる所から、湯とは違う熱い物が溢れた。
「すご……風呂の中なのに濡れてるって解るんだな………」
「そ、そゆ事、言うな……や、あっ、あーっ!」
 一度達した体は酷く敏感で、さっきのポイントを軽く掠めるだけでも大きく体を震わせた。最初、固く閉じていたのが嘘のように、吉田の其処は佐藤を熱い内壁で包み込んで、上にあげる動作とした時、自分に絡み付いて吸いついてるような錯覚も起こす。
「っはー……吉田の中、凄くいい……気持ち良すぎ………」
「あ、ぅ………ひっく……ふぅ、う……さと、う、……さとうーっ…………」
 どうしようもない程感じ入った吉田が、嗚咽混じりに佐藤を呼ぶ。何度も何度も呼ぶ声は、うわ言からではなく明らかに佐藤を求めていた。伸ばした手を佐藤の首に回し、ぎゅうとしがみ付く。
「さ、さとう……っ……んっぁ……ぎゅ、ってし、てぇ………っっ!」
「はいはい」
 そんな風に強請るのが、縋る為の仕草では無く、抱きしめられないと達せない吉田の癖だったらいい、と佐藤は思う。毎回せがまれる事なので、強ち間違いでもないかもしれない。相手の望む通り、佐藤は吉田をしっかり抱きしめた。吉田の呼吸に合わせるように、ヒクリと伸縮する間隔が段々と短くなっていく。そして何度か佐藤が深く行き来した時、一際大きな波を乗り越えたのか、吉田が一気に絶頂に向けて加速する。
「あっ、やだっ、や、だぁっ!やぁぁ――――ッ!あ――――ッ!!」
 最後の瞬間を迎える時、怯えるように啼く吉田をあやす様に、佐藤は強く、でも潰さなように注意して抱きしめる。大好きな人の腕に抱かれ、吉田は恐慌状態の中でも安心出来た。その一時を狙って快楽が突き抜ける。それが抜き切れるまで、全身が突っ張るように強張る。勿論、体の内側も、だ。
(う、うわ……佐藤の……が………)
 なんだか、いつもより佐藤のを締め付けてるのを体感出来る。それに戸惑っているのは、吉田だけではなかった。
「っく……吉、田……きつ………ぅッッッ―――――!!」
 すでに佐藤も限界が見え始めていた頃に、この締め付けは文字通りきつかった。先ほどの吉田のように、相手の体に縋って、佐藤は吉田の中で熱を吐きだした。――勿論、避妊具はつけているが。ドクドクと吐精の為に、佐藤が大きく脈打つ。達したばかりの吉田には、十分な刺激だった。
「ん、あ、ゃ、やだ、ま、また、イっ……ちゃ……あ―――………っ」
 鼻にかかったような甘い鳴き声で、吉田は先ほどの余波ような絶頂を迎えた。

 そこでついに、吉田の意識がぷっつり途絶え、その後の佐藤は実は結構大変な作業の連続だった。まず、気絶したを湯船から引き揚げ、湯ざめしないようにバスタオルでよく拭き、こんな時の為にストックしてある吉田用の着替えを着させ、どうやら湯当たりも併発していたらしく冷却剤を探して吉田の額乗せて回復を待った。佐藤も湯の中で激しい運動をしていたから、眩暈が少ししていたのだがそれよりもまず吉田だ。一通りの事が終わった後、吉田はベッドに上半身を預けるようにぐったりした。完全に意識を飛ばしてしまうと、自力で帰って来られるが危ういので必死で堪えて。
 しかしながら、そんな佐藤の甲斐甲斐しい努力は気を失ってる吉田が見ている筈もないし、そもそも止めてと言ってるのを強行されたのだ。吉田が感謝する由も無い。感謝なんてするものか!
(次の日が学校なんだから、そういう時は最後までしちゃ嫌だって、いっつも言ってるのにいっつも聞いてくれないんだから!)
 要するに最後は吉田が折れちゃってる訳だ。それが愛ゆえにとはまだ自覚したくないお年頃の吉田だ。
 意識を回復させた吉田が目を開けた時、佐藤の姿はそこには無かった。なので、吉田はベッドの上で膝を抱えるように恨み辛みを胸中で重ねていた。おそらく佐藤は別室で何事かしているのだろう。おそらく、目を覚ました吉田の為に菓子類でも用意しているのだろう。これは完全な予想ではなく、経験からの統計だ。事後には満足感より羞恥心ばかりに見舞われる吉田の機嫌を、甘い物で直そうという解り易い魂胆なのだ。まあ、疲れた時や運動した後は甘い物がいいとは言うが。
 いつもは何となく食べちゃうけど、今日は食べないと吉田は決めた。それだけ、怒ってるのだから。
 別にセックスしようとするのは構わないのだが、自分の意見を無視されるのは許せない。吉田だって人の子だから、気持ちいい事は好きなのだ。それも、好きな人とするのは。でも、もうちょっとこっちの事も考えて欲しいというか、本当に恥ずかしいんだからいきなりは本当に困るっていうかああもう。
「吉田? 起きてたのか」
 色々と悶絶している最中、佐藤がガチャリとドアを開けて入って来た。一瞬、軽く飛び上がる吉田。
 いきなり入るな!と家主の立場を蔑ろにしたセリフを言ってやろうと思ったが、直視した佐藤が上半身裸のままだったので、ふいっと顔を逸らしてしまった。ただズボンを着けただけ、という格好が今の吉田には目の毒なのだ。あの引き締まった体に、ついさっきまで抱かれていたかと思うと。それに佐藤も、情後の怠惰感のせいか、気だるげな雰囲気を醸し出している。そんないかにもな様子も心臓に悪い。
(って、ななな、何ドキドキしてんだっっ! 怒ってるんだから!今は!!)
 一人で忙しない吉田を、佐藤は目を細めて楽しそうに眺め、何気に吉田の近くに居座る。ベッドサイドに腰掛けた感じだ。
「ごめんな、風呂場でしちゃって。眩暈するとか頭痛いとか無いか?」
 自分を気遣う佐藤に、少し絆されそうになるが、今日は怒りの程を知って貰いたいので無言で返す。反応の無い、しかし確実に意識はこっちに向いてる吉田に、佐藤は続けて言う。
「吉田、アイス食うか? ハーゲンダッツのクレームブリュレ。お前、好きだろ?」
 ほら、と小さいスプーンを上に乗せ、差し出す。
 うん、好き!と言って手をつけようとしたが、怒っていた事を思い出し(思い出さなきゃならない時点でもうだめだろう……)ふん!と突っ張るように顔を背けたままにする。甘い物は勿論好きだけど、それを与えとけば万事オッケーとか思われたくない。
 まだ恋愛という感情を自分のものとして消化しきれない吉田は、終わると大抵こんな感じだ。佐藤はふっと息を吐いた。そういう所も可愛いし、そうやって意識してくれるのも嬉しいのだが、いかんせん無視をされるのは辛い。どんな形であれ。
「吉田、いらないの? なら、俺が食べちゃおうかなー」
 解り易い挑発だ。そんなものに引っかかるものか、と吉田の態度は平行線を保ったまま。そっぽ向いてる吉田の耳に、ガサガサと蓋を開ける物音が入って来た。本当に食べる気なんだろうか。
(あれ、美味しいんだよなー。表面がパリパリしててさ、カラメルがちょっと苦いけど下のアイスと混ぜると凄く美味しくて……)
 以前食べた記憶(勿論佐藤が貰った)がリアルに蘇り、風呂上がりで体が火照ってる事もあってか、アイス欲しさに喉がごくりとなる。
 まあ最終的には自分も合意の形でしたのだし、佐藤ばっかり責めても可哀相かも。あと1回謝ったら、許してやろう。でもってアイスも貰おう。
 などと吉田が思ってると。
「あー、久しぶりに食べると美味いなーv ごちそうさまvv」
「えっ! 全部食べちゃったの!?」
 思わず、ばっと振り返ると、そこには手にアイスのカップを持ってにこにこしてる佐藤が居た。アイスは、勿論まだ中身がある――と、いうか手つかずだった。要するに、
(騙された!!!!)
 と、言う事だ。
 それが判明したとなってはもう全ては終わっている。今更誤魔化しは出来ない。チクショー!引っかかった、悔しい〜!と吉田は顔を赤くさせ、佐藤を睨む。
「ほら、アイス。食べさせてやろうか?」
「いいっ! 自分で食べる!」
 開き直った吉田は佐藤の手の上から分捕る様にアイスを奪い、早速表面にスプーンを突き立てた。それまで険を強くして怒りの形相を浮かべていたが、一口アイスを口に入れるとその甘さと冷たさに和んだ顔になった。佐藤はそんな吉田を見て癒される。
「…………… 何だよぅ。佐藤もやっぱり食べたいの?」
 しかしそんな佐藤の真摯な気持ちが(おそらく本人の日頃の行いのせいで)通じてない吉田は、そんな風に取った。
「いや、俺はもう食べたからいいよ」
「えっ、何食べたの?」
「勿論、吉田に決まって――――」
「ギャー!!! そういう事言うなぁ―――――!!!」
 バカー!と真っ赤になった吉田はアイスとスプーンを持ったまた手をバタバタさせた。愉快な仕草に、佐藤が明るい声で笑う。セックスの後のピロートーク(?)にしては色気が無さ過ぎと思えなくもないが、自分達はこれでいいと思う佐藤だ。むしろ、色気が無いなら出してやればいい。
「でもさ、今日の吉田、いつもよりちょっと違ったよな」
「え? な、何が?」
 自分の事なのだから、吉田も気づいていたようだ。今日は、挿入がすんなり出来た事。いつもより感じていた事。恥ずかしさに、吉田は誤魔化そうとするが、そうは問屋が、いや佐藤が許さない。
「やっぱり、あの姿勢でしたのが良かったかな。それとも、風呂に入りながらリラックス出来たのかなー…………
 いっつも最初は辛そうだからさ、吉田がイイならこれからは風呂に入りながらでやろっか」
 佐藤は言う。吉田も最中になってしまえばそれなりに愉しむのだが、そこまでの経緯にはまだ苦痛を伴う箇所がある。これから自分と回数を重ねれば解消される事だとは思うが、それだって1日も早く無くなった方がいい。
「………えー、風呂だけなの?」
 やや不満そうに、吉田はスプーンを咥えつつぼやく。実は吉田は佐藤のベッドでするのが好きなのだ。ベッドでするのが好きなのでは無く、寝具に沁みついてるような佐藤の匂いに包まれるのが好きなのだ。こんな事、恥ずかしくてとても言える事では無いが。
「んー、まあ、ここでそんな事決めても、したくなったらそこでしちゃうんだろうけどさ」
 何てとんでもない発言だ、佐藤。
「……少しは考えろよー……場所とか。時間とか」
 そして何より自分の事とか。ぺろりとアイスを平らげてしまった吉田は、手持無沙汰のようにスプーンを弄っている。
「うん。……でも、好きだからさ」
「………おんなじ事言ってるー」
 さっきの記憶が蘇ったのか、その時と同じように吉田の機嫌も斜めになる。ふ、と佐藤は少し自嘲めいたような笑みを浮かべた。
「ホントに好きなんだよ。自分でもどうしていいか解らないくらい」
 独白のような佐藤をセリフを聞いた吉田は、驚きに軽く目を見張る。
「……佐藤でも、そんな風になるんだ」
 吉田の中の佐藤は、いつだって余裕綽綽で吉田を笑ってからかってるようなイメージなのに。
「なるよ。俺でも」
 佐藤は静かな声で言った。人間、心からの本音を言う時はどんな時であれ、こんな風に静かに言うものなのだろう。佐藤から2度目の好きだという言葉を、この部屋で聞いた時もこんな風に凪いだ水面を連想するような声だった。その声が直接琴線に触れたかのように、吉田はぽーっと浮かれたように佐藤を見つめた。真っ赤になり、動きの止まった吉田に佐藤は顔を近づける。吉田は次にされる事を察して少し身を戦かせたが、退いたりはしなかった。それどころか、顔を傾けて丁度いい角度を取ってくれる。触れた時、溜息のような声が吉田から漏れた。その声も奪おうと佐藤が隙間なく重ねる。より深い繋がりを求め、口内に舌を滑り込ませると、バニラの香りが佐藤の口内にも移った。
「甘いな」
「さっきアイス食ったからじゃん」
 楽しそうに笑いながら指摘する佐藤に、吉田はすかさず反論する。判り切った事じゃないか。わざわざ言って自覚を促す佐藤の意地悪さが――吉田は時々、可愛いと思う。本当に時々ではあるが。
「さっき空見たら、もう雨雲どっか行ってたから。帰りは自転車で送ってやれるから、まだゆっくり出来るなー」
 一緒に居られる時間が長くなる、と佐藤は無邪気に喜んでいるようだった。うん、やっぱりこんな顔は可愛い。吉田は惚れた欲目でもそう思う。
「って事で、も一回する? 今度はベッドで……」
「し――な――い―――――ッッ!!!!」
 殺す気かッ!と無邪気なままとんでもない事を言うに、吉田が前言を撤回したのは言うまでも無い。



――END――