吉田が甘い物が好きだと知ったのは、いつの時だったか。きっかけは何かの折に佐藤が貰って来た饅頭だったと思う。
「あっ、饅頭だっ!」
 食べていい?と佐藤に一言断り、相手が頷いたのを見てから吉田は早速手に取った。その食べようは、何も聞かずともそれが好物であると見る者に教える程だった。多く口に入れたいからか、容量以上を頬張ったせいで口の端に餡子がついている。その顔は、とても幸せそうなオーラ撒き散らしていた。
「ん〜、美味しい〜vvv」
 饅頭食うの久しぶり!と吉田は言ってまた1つ手に取る。そんな風に食べてもらえたのなら、これを作った職人も饅頭自体もさぞ幸せだろう。
「吉田、甘いの好きなんだ?」
 食欲が実際の食べるスピードを上回り、もがもが、と饅頭を口に入れる吉田にお茶をやる。それをズズッと啜りながら、吉田は佐藤に目を向ける。
「うん、大好き!」
「…………」
 たとえ、その対象が自分では無く手にした饅頭だと解っていても……好きな子から「好き」という単語が出るのは(しかもこれ以上ないくらいの満面の笑みで)心臓を直撃する。思わず止まった佐藤に、吉田が訝しげに見上げる。そして何か気づいたように、あっ、と声をあげるが、大方見当違いなんだろうな、と佐藤は思う。
「ご、ごめん! 俺ばっかりバクバク食っちゃって!」
 佐藤が貰ったもんだもんな! とやっぱり的外れな予想を立てていた吉田だった。いい加減、好かれてる自覚をしたもらいたいもんだ。佐藤は胸中で天を仰ぐ。
 ああもう、何て馬鹿でアホで……何て可愛いんだろう!
 佐藤は、一気に上がった高揚のまま、吉田を押し倒した。
「わわわわわ!? な、何で!?」
 吉田の知っている「常識」では、こういう事は夜、寝具の上で密やかにやるものだと思っていたのだが、どうやら佐藤は違うみたいで。今みたいに日常の何気ない時に突然襲ってくる。あまりに突然なので、吉田は焦るより怒るより、その不可解さにまず首を傾げてしまう。今だって、饅頭食べてただけなのに。吉田的には。
 床に吉田を押し倒した佐藤は、相手の顔を楽しそうに見下ろしている。佐藤は吉田の顔を掴んで固定し、未だ口の端についていた餡子をぺろりと舐め取ってしまう。吉田の顔が真っ赤になった。
「え、えっと……饅頭……」
「ああ、吉田に全部あげるよ。俺は吉田を食べるからv」
「!」
 明らかに良からぬ事を企んでる佐藤に、吉田の耳も尻尾も(出てた)何かを察知したように、毛羽立つ。心境をそのまま表す可愛い尻尾を掴み、その感触に飛び上がりそうに反応した吉田を押さえ、佐藤は餡子でより甘くなった吉田の口内を堪能した。


「今度、町に甘いもの食べに行こうか」
 気だるいのか、ぽげーっとしてる吉田に佐藤が言う。反応は無いかも、と思っていたが、そこまで意識を浮かせては居なかったようだ。
「甘いもの?」
 まだ上手く回らない舌で、そう言って小首を傾げる仕草がまた何とも可愛らしい。若いとは言え底を知らない欲に、佐藤はむしろ誇らしい。生きてる、という気になれる。
「うん、甘味屋とか入ってさ。あんみつとか、ぜんざいとか、食べようよ」
 佐藤が具体的に単語を羅列していくと、吉田の目が夜に瞬く星のように煌めく。判り易い反応に、佐藤も和む。が、不意に吉田がその表情を歪ませた。果たして、その脳裏でどんな内容が展開されたのか。
「でもさ、そういう所って女の人ばっかりじゃん」
 この口ぶりだと、以前入ろうとしてそれ故に断念したみたいだ。これまで日常で交わした話を聞くと、吉田は唯一の特技である人身変化を大いに活用し、結構町に繰り出しているようだから。
「別に気にする事ないんじゃないか? それとも吉田、行きたくない?」
 佐藤がそう尋ねると、吉田がぐっと言葉に詰まり、やや間を置いてから「……行きたいけど」とぽつりと呟いた。
 佐藤の自尊心や見栄なんかは、全て吉田と共に過ごす為に使い果たすものなのでそれ以外はどうって事もないのだが、吉田には矜持みたいなものがあるらしく、どれだけ目的の物があっても、女性ばかりがキャッキャしてる所に飛び込むのに抵抗があるのだろう。そういう所も、佐藤には可愛く見える。
 癖が強く、しなやかな弾力を感じされせる吉田の髪を撫でながら、佐藤は一層蕩ける声と笑みで言う。
「じゃあ、行こう。約束な」
「…………う……うん」
 佐藤の顔の秀麗さを思い知ったように、吉田はぽっと顔を赤くさせ、半ば反射的に頷いていた。


 甘味屋に行くのは、とても楽しみだ。そこで振る舞われるだろう甘味にも大変そそられる。でも、やっぱり女性ばかりの場所へ飛び込むのは、あまり吉田としては歓迎できない。昔、一歩踏み込んだ時に一斉に浴びた怪訝そうな女子達の目を思い出すとどうも腰が引ける。
 その視線に居た堪れなくなり、踵を返してそれっきりだ。尤もその後、虎之介を拾ってその世話に明け暮れたというのもあるが。
 佐藤は気にする事は無いと言うが、やはりいくら何でも男2人は目立つだろう。店内に男性が一人も居なかった訳では無いが、傍らに女性が座っていたのできっと彼女と来たのだ。むしろ彼女に連れられて来たとでも言うべきか。
 それまで、ごろごろと畳の上で転がっていた吉田は、その光景を思い出し、むくりと起き上がった。そして、名案を思い付いたように、閃いた顔をしたのだった。


 魚を取るのを特技とする吉田の朝は早い。やはり、魚捕りは早朝こそ良いみたいだ。
 だから、前日――というか、前夜よっぽど吉田の力が摩耗してない限り、吉田の方が早く目覚める。そして、今朝も。
 すぐに起こせばいいのに、吉田は自分の寝顔を伺うように覗き込む。良く寝てるなら、起こすのは後にしよう、とばかりに。
 睡眠を確保されるより、吉田の顔を見た方がずっと佐藤は癒される。だから佐藤としては、吉田が起きた時に一緒に起こされるのが一番好ましいのだが。
 今日は幸い、吉田が寝顔を覗きこんだ時、佐藤の意識はまだ緩やかではあるが覚醒していた。そして近づいた吉田の気配に気づき、自分の腕が届く範囲に来た所で――
「――はい、捕まえたっ!」
「わぁっ!?」
 腕を引っ張り、自分に倒れ込ますように抱きとめた。――が、何か違和感。
 抱きしめる感触も、聴こえた驚く声も、いつもと違う。それでも、吉田であるというのは間違いが無い。自分が吉田を間違える筈がないのだ。
 この違和感は一体なんだろう、と思いながら、佐藤は目を開けて――
「……え、あ? 吉田??」
「う、うん」
 現を彷徨うような声で問いかける。まだ半分夢の中に居るのか、と佐藤は自分の正気を疑ったが、どうやら現実らしい。吉田が人の姿を取れるからうっかりすると忘れそうだが、吉田は妖怪で、化け猫なのだ。この人の姿は人間社会に溶け込む為の、仮初に過ぎない。
 その釣り目も、しなやかな弾力の髪も、目の下の傷も変わりないのだが、体型が確実に違う。元から逞しいとは言い難い体格だったが、それよりも一層華奢になり、しかし要所要所は柔らかく――何より、吉田の胸には着物の上から解るはっきりとした2つの膨らみが見て取れた。女性にこそあり、男には持ちえないものだ。
 吉田は、女性の姿になっていた。


「だからさ、男の2人連れは目立つけど、男と女の二人連れならそう目立たないかなって思って」
 その考え方はまあ解らないでもないが、しかし女性の群れに飛び込むのが嫌で自分も女性になるというその手法は……理に叶ってると思いつつも、中々府に落ちないものがある。これが人と妖の考え方の差なのだろうか。まあ、吉田個人の問題でありそうな気が強いが。
「多分大丈夫だと思うけど……どう? 変なところ、無い?」
 女性に変化した事で、肩にかかるくらい伸びた髪が、くるくると回り吉田に合わせて舞う。実に誘われる動きだ。
「ああ、うん。変な所は見られないけど……」
 手を掴み、朝のように自分の体へと引っ張り込む。ぽす、と軽く収まった体躯は、いつもよりずっと繊細に思えた。
 体の線を確かめるように這う佐藤の手を、検査か触診のように思ってるのか、吉田に抵抗は見られない。そこで佐藤は、今朝から気になった箇所に大胆に触れてみた。
 そう、胸に。
 むに、と心地よい弾力が掌に伝わる。こういう弾力は無条件で生理的に好むものなのか、佐藤の手はまだ堪能している。吉田はそこに固執してるような佐藤の手を、少し不思議そうに見ていた。そこを触って楽しいのかな? とでも言うように。
(この反応だと……やっぱり中身はいつもの吉田なんだな)
 もし、変化に伴って意識にも影響が及んだのであれば、胸を無遠慮に揉まれて何の抵抗もしない筈がないだろうから。それでも何か感じてくれないかなー、と思いながら佐藤は胸を弄る。
「さ、佐藤、そこ、変? 何か可笑しい?」
 ずっと触り続ける佐藤に、さすがの吉田も訝しんで相手の動向を尋ねる。
「いや、別に……なあ、何か思わない?」
「ん? へ?」
 完全にきょとんとしてる吉田に、佐藤はそれ以上を止めた。どうやら、この場で触り続けてもあまり意味は無さそうだ。きっと吉田は、ここが顕著な性感帯だと知らないのだろう。だからこんなに反応が淡白なのだ。感じされるようにするには、それを気付かせる必要があるが……まあ、とりあえずは本日の本来の目的を遂行しよう。
 1日は長い。朝が来て昼が来て、夜が来るのだから、その時にでも。


 思えば、吉田と連れ立って町に来るのはこれが初めてかもしれない。その初めてで、まさか相手が女性の姿になっていようとは……いや、さっき述べたように、男も女も吉田にとっては本来の姿ではないのだから、拘っても仕方ないと思うのだが。
「わー、美味そうな物、いっぱいだーv」
 吉田が嬉しそうにはしゃぐ。季節は実りの秋を迎え、町もその恩恵で彩られている。栗や焼き芋の屋台が点在し、実に芳しい匂いを漂わせている。そろそろ肌寒い頃を迎える頃だから、饅頭等を蒸かす蒸気も食欲を刺激する。
「吉田。あんまキョロキョロして足元躓いたりするなよ」
 感情と一緒に跳ねたり揺れたりする、今は無い恥の耳や尻尾が佐藤には見えるようだ。それくらい、吉田のはしゃぎっぷりは解り易い。佐藤に言われ、自分がどれくらい浮かれてたかを思い知った吉田は、堪らずかあっと頬を赤らめる。
「そ、そんな……別にそんなキョロキョロして、うわぁっ!」
 ほーら言わんこっちゃない、と地面に唐突に出来た凹みに足を取られた吉田を、倒れる前に抱きとめる。自分の失態に、またも紅潮しつつも、吉田は佐藤に「ありがと」と礼を言う。吉田のそういう言葉をすぐに言える所を、尊敬に値すると佐藤は思う。
 吉田が以前に女性の怪訝な目の集中砲火を浴びたのは、別の街の別の甘味屋での事だが、この街の甘味屋はそこを連想させるような店構えだった。最も、商いが同じなら店内の仕様も似たようになるのかもしれない。同じ事をしている訳だから。
 朱色の暖簾を潜り、2人は席に着く。早速品書きを開き、どれにしよう、と吉田は吟味した。
「あ、みたらし団子もいいな……栗きんとんも美味しそう! でもぜんざいも食べたい……」
 眉間に皺を寄せ、難解な問題に挑むように険しい顔をした吉田を、佐藤は微笑ましく見つめる。一緒に暮らし、想いを交わす様になってからそれなりに時が経ったが、吉田は見飽きる事が無い。むしろ、見れば見る程魅力を溢れさせる。
「佐藤はどれにする?」
 一人で夢中になっていた事に気づいたらしい吉田が、佐藤に話を振る。何気無さを装って、仄かに朱が刺した頬が愛しい。
「んー、俺は抹茶にするよ」
 もともと、ここへは吉田を喜ばせる為に来たのだから。正直、佐藤は頼む物は、どうでもいいと言えばどうでもいい。
「ふーん、あっ、抹茶には季節の干菓子がつくんだって!」
 何だろうー、と思いを馳せる吉田もとても可愛くて。その後しばらく、佐藤は口付けたい欲求を堪え続けなければならなかった。


 そして再び店の暖簾を潜った時、吉田の顔は摂取した糖分程に蕩けていた。
「美味しかったーv」
 数ある品物の中、2つまで絞り込めたのだがそこからどうにも決めれなくて、結局両方とも頼んでしまった。勿論、言うまでも無く2つとも完食だ。ついでに、佐藤の抹茶についていた干菓子までも貰ってしまった。これもとても美味しかった。
「また来たいなーv」
「じゃ、近いうちにまた来ようか」
「えっ、いいの?」
「勿論」
 吉田が喜ぶのなら、何だってしたいのだから、これくらいまさにお安い御用だ。
 その後、折角だからちょっと街を歩いて行こう、という吉田の提案に乗っ取り、2人は特に行くあてもなく、散歩するように町を彷徨った。
 最初こそ、目に入る物から話題を展開させ話も弾んだのだが。段々と、吉田の口数が減っていくように見えた。バロメーターが見えたのなら、どんどんその目盛が下がっているような。
「……吉田?」
 その態度を怪訝に思った佐藤が、台詞の止まってしまった吉田に呼びかける。
「えっ、あー、その、晩御飯何食べようとか考えてちゃってた」
 えへへ、と吉田は笑みを浮かべて言うが、嘘なのは火を見るより明らかだった。しかしこんな町中で吉田を問い詰める訳にもいかないので、これは家に帰るまでの保留となる。
「晩飯かー。どうする?ここで食べてく?」
 わざと吉田の態度に気づかないふりをして、相手の誤魔化した内容に乗った話をしてみる。吉田は、少し考えるように目を彷徨わせた。
「……家でいいよ。家で食べよう」
「解った。まあ何か買って行こうか」
「うん」
 吉田の今の素振りだと、どうやらあまり町に居たくないように、佐藤は思えた。甘味屋を出るまでは、しっかり楽しそうだったのに。佐藤は吉田との会話を楽しみながら、同時にその原因の追及も行った。


 思えばきっと、町に来た時から始まっていたのだ。でも、その時は甘いものを食べる事で頭が一杯で、他の事には気付けなかっただけの事。店から出て、その欲求が少し抑えられたら、すぐに解った。
 やたら女性が目につく。気のせいだと思っていたが、そうではないと知ってしまったのは、その中で特に熱の籠った視線を投げかける女性に気づいたからだ。――佐藤に向けて。
 1人に気付けば、後は言わずもがなだった。女性が多く目に着くのは、わざわざ佐藤見たさに出て来たからだ。そして、佐藤を見た後、必然的にその視野に入り込む吉田を見て、不思議そうに、不可解な顔をする。何でこんなのと一緒なのか、と言うように。
 でも、吉田は自分に向けられたそんな視線より、佐藤を見つめる熱い眼差しの方にこそただならないものを感じていた。それは足取りを重くし、気分を沈ませる。
 けれどこんな事で落ち込んでいるのを、佐藤には知られたくなかった。ただ、吉田には、それがどうしてなのかは解らなかった。


 町を抜け、獣道に近い山道に入ると、ようやく吉田の顔も解れて来た。足取りも軽く、佐藤のやや半歩先を歩く。そろそろ、話を切り出す頃合いだろう。
「なあ、吉田」
「ん?」
 くるんっと吉田は佐藤を振り向いた。街を出たものお、吉田は以前として女性の姿のままだ。変化の術を得ているからか、外見が変わる事にさほど拘りは無いのだろうか。
「さっき、町に居た時、お前ちょっと様子おかしかったぞ」
 佐藤がそう言うと、吉田が顔を強張らせた。気づかれて無いと思っていたのだろうか。
「何か、あったか?」
 吉田が誤魔化す前に、さらに佐藤は質問を重ねた。元々、真っ直ぐな気質の吉田は誤魔化すや騙すといった事はとんと不得手だ。嘘をつかない訳でもないが、非常に解り易い。あるいは本音を晒すよりも。
「な、何も無いって。……本当に、何も、無いけど………」
 吉田はわたわたと手を振って、佐藤の懸念を打ち払うようだった。そんな吉田の様子を見ると、何も無かった、というのは本当だろう。最も、ずっと一緒だったのだから、何かがあれば吉田より佐藤の方が気づくだろうから。だからこそ、吉田が落ち込んでいたのが気になる。原因が解らなければ、対処も回避もしようがない。
「……何も無いんだけどさー」
 吉田は、手をもじもじさせて言う。もしかしたら、吉田も解らないのかもしれない。自分の事ほど解らないものだ。佐藤にも覚えがある。
「……街の中で、佐藤の事見てる女の人が一杯居るなーって思ってから……何か……」
 それまでは美味しい物をたくさん食べて楽しかったというのに、彼女らに気づいてからはその気持ちすら、一瞬で打ち消された。そういう事を、吉田は彷徨うように言葉を選び、そして言う程に自分で混乱を進めていた。
 一方、佐藤と言えば―――
「……何、笑ってんだよぅ」
 自分の頭の中は雨の後の地面のようにぐちゃぐちゃだというのに、佐藤は逆に晴れやかな程に微笑を浮かべている。悩む自分の顔がそんなに可笑しかったのか、と吉田は拗ねる。
「吉田、それヤキモチだよ」
「え? 餅?」
 きょとんとした吉田の頭の中に、七輪の上で焼かれている餅が浮かべられているだろうという予想は容易い。
 吉田はまるで解ってないのだ。なのに、妬いた。
 佐藤は、天にまで上り詰めてしまいそうなくらい、浮足立った。
「俺を見る女を見て、嫌な気持ちになったんだろ?」
 こくん、と頷く吉田が可愛い。
「要するに、『佐藤は俺のなんだからジロジロ見るな!』って思ったんだよ、お前は」
「へ? ……え……えええええぇぇぇぇええええッ!?」
 理解が少し遅れたようだが、吉田はその恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして動揺のままに声を上げた。
「おっ……俺っ………そんな事なんてっ……!」
「思ったんだよ。だから落ち込んだし、楽しい気持ちもどっか行ったんだ。そりゃ腹立つよなー、自分のものなのに、勝手に見られちゃ」
「だ、だから! 佐藤が俺のなんて思った事……」
「俺は思ってるよ」
 さらっと言われたセリフに、吉田が固まる。
「吉田は、俺の。……だから、俺は吉田のものだろ?」
 違うの?とまるで強請るように言う。吉田は喉を詰まらしたように、俯いた。顔を真っ赤にさせて。一緒に過ごして解った事だが、吉田は結構頼まれたり頼られたりに弱い。基本がお人好し過ぎるのだろう。
 下に向けられてしまった顔を、佐藤は優しく包んで上向かせる。視線を合わせた後は、唇同士を合わせた。さすがにこの感触には男女差はあまり見受けられない。いつもの、吉田の感じがした。
 口付けの最中、さっきの大声の時に飛び出てしまった尻尾や耳を戯れに弄ぶ。散々弄ってみて、尻尾を軽く引っ張った時に吉田が一番反応する事を発見した。一体それはどんな感覚なのか。いかんせん尻尾のついた事が無い佐藤には、想像すら出来ない。
 交わす口付けから、耳を弄る手に違うものを取った吉田が合間の呼気に甘いものを含ます。その時、佐藤はここが全くの屋外だったという事に思い当った。吉田と向かい合うと、他はどうでも良くなってしまう佐藤だ。
 ようやっと離れた佐藤に、吉田は安堵のような物足りないような息を吐いた。唇は濡れている。気になった其処を、吉田は手でごしごしと拭った。
 そういえば、と佐藤は吉田に尋ねる。
「なあ、その変化って、どれくらいのものなんだ?」
「どれくらい……って?」
「だから、外側だけなのか中身もそうなのか……まあ、ぶっちゃけ子供は出来るのかって事」
「こど……って、ああああ、赤ちゃんの事!?」
 思いっきり戦慄く吉田に、佐藤はそりゃそうだ、とばかりに力強く頷く。
「しっ、しっ、知らないよ、そんなの!今まで試した事も無いし……」
 そりゃ良かった、と佐藤は内心邪気たっぷりに微笑む。他に吉田とこんな事をした奴が居たというなら、何としてでも探し当てて最も惨い目に遭わせてやるからだ。
「ふぅん、そっかー。じゃあ、早速試してみるか♪」
「えええ、ちょ、何言ってお前……!」
「だって、きっと可愛いよ。絶対俺大事にするから……ダメか?」
 懇願してみると、猛然だった吉田の勢いも止まる。子ども云々に関しては、欲しいのは本心だか出来ない所で何を失望するだろう。吉田が居てくれれば、全てがバラ色なのだから。それでも言ったのは、絶対極限以上の精神状態になる吉田を見たいから。好きな人の困る顔が好き、という自分を佐藤はしっかり自覚している。それは良いのか悪いのかは別として。
「ダッ……ダメっていうか……」
 即座に否定しない吉田が愛しい。顔はとても赤く、熟れすぎた果実を連想させる色だ。食べたらさぞ甘いだろう。
 うろたえ過ぎて、猫の姿にまで戻りそうな吉田を横抱きに抱え、佐藤は帰路を辿った。



――終――