吉田は、この1週間が今年の夏休みの一番の思い出になるだろうと行く前から思っていた。
これだけの期間を親元を離れて過ごすのは初めてだし、親友の虎之介と一緒だし。それに何より佐藤が居る(あとついでに山中も居る)。
きっと、忘れられないものになるだろうな、と吉田は思った。
そして、それは当たった。
……本来、予想したのとは形を違えて。
虎之介の親戚が営むというこの海の家、中は人でごった返している。
それは別にいい。他は屋台のような出店や売店しか見当たらなく、座って食事が取れそうなのはここくらいだからだ。
問題は……というか、特筆すべきはその80%くらいが妙齢の女性客、という所だ。様々な水着が目に眩しい。牧村だったら諸手を挙げて、ついでに号泣するくらい感激するような光景だろうけども。
「……………」
「……………」
虎之介と吉田は、揃って仏頂面を並べていた。似たような顔になってるのは、持ってる感情が似ているからだろう。接客するには相応しくない顔ではあるが、誰もそんな事を気にしなければ咎みもしない。
何故ならば。
「ッキャー!! ホントだ! 凄い格好良い〜v あの2人〜〜vv」
「ねえねえ、どっち行く? くせっ毛の子とセンター分けの子!」
「メアドは絶対GETしたい所よね!」
とかいう類似したセリフがそこらかしこで聴こえる訳で。
「……………」
「……………」
佐藤が右に動けば、佐藤の周辺の人たちの視線が右に動く。
山中が左に動けば、山中の周辺の人たちの視線が左に動く。
辺りにはピンクのハートマークが散らばってるように思えた。
「山中……モテてるな」
虎之介がぽつりと言った。
「まあ……ここじゃ変な噂も無いし………」
「そうだな…………」
そしてしばし沈黙。いや、女性の控えめの歓声と写メの音が雑踏に混ざった音がする。
「……佐藤……やっぱりモテるなー………」
次は吉田が呟いた。
「そりゃ……学校中の女子にモテるくらいだしな」
虎之介が言う。
「そーだなー………」
「ああ…………」
「……………」
「……………」
そんな会話をしていたら海鮮焼きそばと塩ラーメンが出来たので、二人はそれを運びに行った。
愛想笑いは慣れてるとは言え、接客となるとそれなりに気の遣いところが違うな、と佐藤はバレないように内心だけで溜息をついた。
ふと周囲を見れば、さっきまで座席の間をちょこまかと可愛く歩き回っていた吉田の姿が見えない。何処行ったかな、と見渡してみればカウンターの隅で補充分の麦茶を用意していた。ここでは水分は卓上に置かれたポットで補って貰う。所謂セルフサービスだ。勿論、持ちこみもO.k!
「吉田」
と、声をかけながら近づいて行く。するとその声に反応するように肩は揺れたのに、吉田は振り向きもしない。おや?と思いつつも、佐藤は呼びかける。
「今、少し客が落ち着いてるみたいだからさ、今の内にぱぱっと昼飯食べよっか」
この戦場のような最中、食事休憩なんて気の利いたものは取れないので、各自隙を見て食べるように、とは業務の説明の開口一番で言われた事だ。虎之介から。
「……俺、さっき食ったから。とらちんと」
吉田が言う。短い単語のようなセリフは、怒っているという証明でもある。本人無自覚だろうけども。
「えー、酷いなぁ。一声掛けてくれたら良かったのに」
「だって佐藤忙しそうだったもん。隙を見て食べろって言われたし」
麦茶を用意出来た吉田は、そこ退いてよ、と佐藤を押しのけて客席へと向かう。その間、一度も佐藤と目を合わせていない。
(やれやれ…………)
佐藤は吉田が何故怒っているか、解らない程愚鈍でもない。初めて体験した本物の恋に現を抜かしまくってる山中は解ってないらしくて、同じような事を虎之介に言っては同じように断られ、そこで激しく落ち込んでるが。
誰だって、好きな人が異性に囲まれてキャーキャー言われてるのを遠巻きに見るのは辛いものだ。ヤキモチ妬いて、当たり散らしたくもなる。しかし吉田の場合は、佐藤がモテるのは当然だから妬いちゃいけないと自制をかけているから、その辺の葛藤を合わせてさっきの態度なのだろう。
(別に妬いたって全く構わないのに)
自分なんて、すぐに妬くのに。しかも吉田はそれを享受していて、そこからの愛情もちゃんと汲み取ってくれている。
(俺からじゃダメなのかな…………)
何故だろう。吉田も同じ意味で好きと想ってくれてるのに。確信が持てるのに。
まるで片想いのように、時々もどかしくなるのは。
「とらち〜ん……俺が何したって言うんだよ…………うう、えぐえぐ」
そんなセンチメンタルジャーニーの佐藤の後で、さっぱりな山中がさっぱりなセリフを吐いてさめざめと泣いていた。目ざわりなので八当たり兼ねて後で通り縋りにトレイで叩こうと佐藤は思う。
海の家の軒下では、臨時の売り場を設けてジュースやお茶の販売をしている。プラスチックのケースの中に氷水を入れて冷やして売るあれだ。
容器はペットボトルが主だが、ラムネは瓶なのでそれを回収しなければならない。大分溜まったそれを見て、吉田は所定の位置へと運ぼうとした。
「よいしょ………っ …………っっう、重い………っっ!!」
十何本のガラスの瓶は、見た目以上の重さを与えた。吉田には持ち上げる腕力があっても、それを支える重量が些か足りない。
ややふらつきながらも、懸命にそれを運んでいると。
「無茶するなよ、吉田」
そう言って、吉田の前に回った佐藤がひょいとケースを持ち上げてしまう。自分が苦労した物を軽々と持ち上げられた事に、吉田の男としてのプライドが痛む。それに、今はヤキモチもある。なので、ありがとうが素直に出てこなかった。そんな自分に、吉田は少し自己嫌悪した。
「全く、溜まったんなら俺に言えばいいだろ?」
「だっ……って、佐藤、何か手いっぱいそうだったし! 仕事押し付けちゃ悪いかなって………」
「まあ、確かに囲まれて少し身動き出来なかったかな」
解りきった事なのに、本人の口から言うと改めて吉田の心が乱れる。
「っ、だ、だから、俺………俺…………!!!?」
ぬ、と佐藤の顔がいきなり降りて来た。物凄く間近で、あと少し、どちらかが微かにでも動けば唇同士が触れ合ってしまいそうな、そんな近く。佐藤の顔を極間近で見た吉田は、一瞬何のかもの音が頭から失せた。人の喧騒も、蝉の鳴き声も。
キスされる、と思って、そして今ここが何処なのかも判っているのに、吉田は動けないでいた。動かなかったのかもしれない。あえて。
「言っとくけど………」
と、佐藤が言う。
「メアドも住所も、死守してるんだからな。……まあ、下の名前は何人か言ったけど…………」
逃げ切れなかったんだ、とぼそぼそと言う。およそ佐藤らしくない言い方だ。まるで小学生が忘れた宿題の理由をもっともらしく並べるような、そんな言い方。表情だって拗ねてるように見える。それでいて気まずそうに。以前、「遊びだけど女とした事がある」と言った時と似たような表情だった。
あれはさすがに易々と許容は出来なかったけど。今は他の人には見せない顔を見れた事で、安定を失っていた感情が落ち着いて行く。我ながら単純だと思ったが、悪い事では無いと思う。
「う………ん。そっか。うん」
なんだかまるで中身の無い返事をして吉田は、頬を染めてやや俯く。微妙なヤキモチが消えたとなると、今はこの距離が気恥ずかしい。
吉田が俯いたのをいい事に、佐藤は身を屈め、染まっている頬にチュッと軽くキスをした。
「なっっ! ババババ、バカお前こんな所でっ…………!!」
「ちゃんと居ないの確かめたって」
「だ、だけどっ………ううう…………」
完全に真っ赤になって唸る吉田を、佐藤はこれ以上ないくらい嬉しそうに見て微笑む。バカにされてるように見える反応だが、何故だか怒りが湧いてこない。足を進めた佐藤に、吉田も何となくついて行く。
「ね、吉田。ここに居る間、俺の事名前で呼んでみてよ」
「はあ? 何でだよ」
「面白そうだから」
「面白いって何が」
「別にあだ名でもいいんだけど」
何がいいんだよ、と吉田はハテナマークを浮かべる。
佐藤は時々(いや結構)謎の事を言う。しかも、嬉しそうに楽しそうに。
無防備な程に。
佐藤のフォロー(?)もあって、吉田の気持ちは上昇を見せたが、そんな器用さはてんで持ち合わせていない山中が気になってるという虎之介は、依然絶不機嫌真っ只中だった。その強面っぷりと来たら、吉田ですら声をかけるのを躊躇わせようとする程だった。今ならホンモノにも勝てそうだ(何のホンモノかはそれぞれで考えてみよう!)
海の家は海水浴場で営業しているので、人が居なくなる夕方には店仕舞いだ。閉店後の掃除中でも、虎之介の周囲に生えている棘は抜けていない。こんな風にいつまでも根に持つタイプじゃないのにな、と吉田は心配そうに虎之介を見やった。慣れない感情に振り回されて倒れやしないか不安なのだ。自分にも覚えがある事だし。
(大丈夫かなー。とらちん………)
「……吉田。吉田ってば」
物思いに耽ってると、突然耳元から声がした。うわっと身を少し飛び上がらせる。見れば、さっきまで少し離れていた佐藤がすぐ近くに居た。
「何だよもう、いきなり! 吃驚したな!」
「気づかないお前が悪いんだろ? 何度も呼んでるのに」
確かにテレポート出来る訳がないのだから、少し離れていた佐藤が近づくまでの間、吉田はそれに気付かないでいたのだろう。佐藤の言ってる事も正しいようだ。
「う…………それは、ごめん」
悪いと思ったらすぐに謝る。佐藤は吉田のこういうところが好きで堪らないのだ。
「まあ、いいけど。……それより、やっと二人きりになれたなv」
「……………え。」
なんだか物騒ななセリフを吐かれ、吉田はそれまで何とも思って無かった室内に不穏なものを感じる。
海の家の仕事が片付いた後、皆は民宿に移動した。ここは半ば宿直室みたいになってる部屋で、海の家で働く期間中、吉田達が泊まる部屋でもある。テレビと、ちゃぶ台くらいしかないが(あとは押入れに寝具)寝泊まりするだけなら十分だ。4人が泊まれる部屋で、2人では少し広々とした印象を受ける。物が少ない事もあるだろう。
虎之介はこっちでも仕事がちょこちょこあるらしく、テレビは好きに見ていいから、というのを告げて仕事場へと向かった。それに、山中が一緒に居たい一心で、来るんじゃねーよと怒鳴られながらも金魚のフンよろしくついていった。と、ゆー訳で今、佐藤の言うとおり此処はまさに、自分達だけの二人きりの状態な訳だ。
「…………………」
ちろり、と佐藤を伺ってみると、熱のこもった目でこっちを見ている。慌てて逸らしてしまったせいで、意識している事がバレてしまった。いや、こんな反応しなくても、きっとすでにバレバレなんだろうが。
「吉田…………」
耳に直接声を吹き込まれ、ビクリと体が戦慄く。
「だ……だめだってば!とらちん達帰って来るから………って、コラー!」
顔を首筋に埋めながら、佐藤の手が弄る様に服の中に入って来た。ここに着いてすぐシャワーを浴びさせて貰ったから汗臭くはないだろう……ではなくて!
「ああ。だから早く済まさないと」
「違くて……ちょっ……ばかッ…………!!」
「ヤダヤダって言いながら感じてるお前の顔、好きなんだけどなー。今日はあまり見れないか……」
「おっ、鬼――――!!」
そんな吉田の断末魔の叫びも、佐藤にとっては甘い嬌声に違いなかった。
窓に寄って、桟に肘を掛けるようにして外を臨むように顔を出す。ここからの位置では海は見えないが、強い潮の香りが海の存在を知らせる。昼は真夏の猛暑で熱された空気も、夜の闇に染まれば吉田の熱すら奪って行く。
(あー……気持ちいい…………)
火照った頬に強い風が心地良い。最も、窓を全開にしたのは別の理由もあるが。
海の近い場所での風は強い。好き勝手に吉田の髪を散らしていくが、そうなる前からすでに吉田の髪は十分乱れていた。
「吉田。ジュース飲みたいなら買ってくるけど」
ちゃぶ台の上には海の家にあったようなポットがある。中身は勿論麦茶。
「んー……お茶でいいよ」
吉田はそう返事した。普段母親から言われてるからか、それとも一人で待ちたくないからか。
佐藤は「そっか」と短く言って、吉田の分の茶をコップに注ぐ。
と、その時。
「おう、二人とも、メシだぜー」
そう言いながら虎之介、と山中が夕食らしき食料を携えて襖を開けた。ソースの焦げた匂いがする所を見ると、焼きそばか何かだろうか。これ、とらちんが作ったんだぜ、と何故か山中が得意そうに言う。
中々帰って来なかったのは、調理していたからだったみたいだ。それならもう少し時間かけてもよかったな、と佐藤は胸中で呟く。。
「ん? どうしたヨシヨシ。なんかボーっとしてないか? 日射病か?」
「………ええっ! そ、そんな事無いけど! わー、焼きそば美味そう!! 他も食うの一杯あるのな! 早く食べよう食べよう!!」
明らかに不審な態度の吉田に、これからもう少し芝居させる事も覚えさせないといけないかなと思う佐藤だった。
山中は吉田の状態の理由が解ったからか、非常に微妙な顔で吉田を見やった。そんな目で見るなよ、と思うが疾しい気持ちがある吉田は目を逸らすしかない。仮に逆の立場だったら、嫌悪するまではいかないが山中と同じような顔になるだろうし。
余りものを貰ったというメニューはバラバラなものだったが、皆で食べるというのはそれだけで美味しいものだ。
「何か、合宿みたいで楽しいなー」
むぐむぐとフランクフルト(こんなものまであった)を食べながら、吉田が言った。
「じゃあ、この後肝試しでもするかv」
一見無邪気に見える笑みで邪悪な事を言うのは佐藤だ。
「……いいよ。4人だけなのにしてもつらないだろ」
「それなら怪談大会とかv」
「だから嫌だってば!!!!!」
「あー、ヨシヨシそういうの苦手だもんな」
と、言ったのは虎之介である。佐藤がぴくり、とまるで警戒するようにその言葉に反応する。
「中学のキャンプでも、脅かし役の教師、正拳叩きこんでたし…………」
「げ……吉田、オマエ実は暴れん坊か」
その突きの威力を知っている山中が呟く。
「あ、あれは不可抗力だから! わざとじゃないの!!」
「……ふーん。吉田、そんな前から怖がりだったんだ」
そんな事は解りきってるくせに、佐藤が何故だかそんな事を言い出す。何だ何だと吉田が早速嫌な予感を感じ始めた。案の定、にやり、とあまりよろしくない笑みを吉田にだけ見せる。そして、何気なく喋り始める。
「そりゃ、遊園地のお化け屋敷でもぴーぴー泣きわめく訳だ」
「なっっっ……… 何でそんな事言うんだよ!? っていうか泣きわめいてないしー!」
「へー、ヨシヨシ。佐藤と遊園地行ったんか」
「うん。デートで」
「何言ってんだバカ――――!!!!」
佐藤の返事、虎之介は冗談だと思って佐藤を結構愉快なヤツ認識していて、それが真実だと知ってる山中はまたビミョーな顔つきにになった。
(全くもー!佐藤のヤツー!!)
結局あれから、就寝までの間、佐藤にからかわれっぱなしだった。一体どこでスイッチが入ったのか、吉田には見当もつかない。
「電気消すぜー」
「おー」
虎之介の声の元、カチっと音がして電気が消える。代わりのように月明かりが差し込み、薄明るく室内を照らした。どことなく幻想的なものすら感じる。
「おやすみ」
「うん」
誰ともなく言い合い、横になる。しんと静まった中、吉田が落ち着かないのは隣に佐藤が居るからだ。さすがの佐藤も、こんな状況では手を出してこないと思うが。……多分。
(佐藤、もう寝たかな………)
聴こえる複数の息が寝息と解るようになった頃、吉田が後を振り向く。何となく佐藤を見れなくて、背を向くようにしていたのだ。
すると。
(あっ………)
佐藤も起きていて、しかも吉田の方を向いていた。なので、ばっちり目が合う結果となった。
どうしたものか、と吉田の思考が空転していると、佐藤が外に出ようというジェスチャーを取った。幸い、戸がある方に2人は並んでいるのですでに寝ているだろう虎之介達を起こす事も無いだろう。むしろそれを狙ってこの位置にしたような気がしなくも無いが。微かな謀略を覚えながら、吉田は佐藤と連れ立って外に出た。
折角だから海に出よう、と佐藤が言うので吉田もそれに従う。反対する理由も無いし、昼間はゆっくり海を眺める暇もあまり無かった。
「わー、真っ黒…………」
夜の海を見て、吉田の第一声はそれだった。昼間は空よりも青かった海は、今は墨汁を垂らし込んだみたいに真っ黒だった。今からここに入れと言われたら、まず断るだろう。
日付の変わりそうな深夜。こんな時刻に海辺を散策する物好きは他にも居るらしく、人の気配をちらほら感じる。
「夜は涼しいね」
「うん」
佐藤のセリフに、吉田が頷く。大した内容でもないけど、そういう事を言い合えるのは少し嬉しいと思う。
「……とらちんがさ、まだ怒ってるみたいで」
間が空き過ぎて沈黙に支配される前、吉田が話し出す。
「ふうん?」
「きっととらちんもどうしたらいいか、解らないんだよな。俺、どーしたらいいのかなぁ?」
「別に……そっと見守ってたらいいんじゃないか」
佐藤が言う。ぶっちゃければ何もしないという意見だ。
「またそういう事言う………」
「って言うか、俺と居るのに他のヤツの事言うお前が不粋なんだよ」
「何だよー。だって、こういうの相談出来るの、佐藤しかいないしさ………」
少しばかり剥れながら吉田が言う。それに、吉田だって佐藤の事ばかり考えて、他人の事を後回しにしてしまう事だってあるのだ。……恥ずかしくて言えないが。とても。
「それに他のヤツならまだしも……山中だしな…………」
「……その辺は俺も色々言いたい事あるけど」
吉田は少し遠い目をした。
「そういや、高橋にも言わないの?」
「え、何を?」
「だから、俺達が付き合ってること」
真顔で言いきられると、何だか余計に恥ずかしい。うぅっ、と顔を赤らめる吉田。
「べ、別に言わなくてもいいじゃん………」
言って、ふぃっと顔を逸らす。可愛いなぁ、と佐藤はそれを見て思う。
「んー、でもさぁ。俺もたまには誰かに惚気たいんだよね。俺の吉田はこんなに可愛いって………」
「何言って……てか、とらちんにそんな事言うつもりなのか!」
「あわよくば向こうの持ってる吉田の情報も貰おうかなーとv」
「そんな打算尽くしでとらちんに寄るな――――!!」
吉田がそう叫ぶと、佐藤がさも楽しそうに微笑む。こんな時の微笑みまで、いちいち綺麗なヤツなのだ。佐藤は。
その後、砂浜に座って他愛も無い事ばかり話した。顔を合わせなかった時にあった、ちょっとした事。どうでもいい事。
一緒に居れなかった時間を埋めるように、ただただ話し合って。
時々は会話を止めて唇が触れ合った。
(うー……しまった、かなり眠い………)
もう洗顔なんて言わず、頭から水を被らないとこの眠気は振りきれそうになかった。
すっかり話し込んでしまった夜のデート(と、佐藤は表現するだろう)お開きになったのは吉田の大きな欠伸が合図だ。一度睡魔が現れるとそれに誘発されて意識が睡眠へと引き込まれていく。その最中、何か額に触れたような気がしたが、それは気のせいだったかもしれない。
「はは、吉田。また顔洗ってんの」
睡眠時間は同じの筈の佐藤は、何故だか爽やかに朝を迎えている。
「佐藤、眠くないの」
「元からあまり寝なくても大丈夫な性質だし」
それは羨ましい体質だな、と顔を拭きながら吉田は思った。
「今日も頑張ろうな」
「おー…………」
そう言う傍から、ふわ〜あ、と吉田の口から大欠伸が出る。
「……………」
佐藤は、その大きく開いた口が綴じるのを見計らって―――
チュッvv
「―――――ッッ!!! おまっ……! 何っ………!!!」
「眠気、覚めただろ?」
完全に不意打ちでキスされて、吉田の顔が真っ赤になる。それ以上の事もしてると言うのに、全く慣れていない反応が愛らしい。
「さ、覚めたけどっ……でも!!」
「ほら、置いて行くぞー」
「ま、待てよーっ」
タオルを掴んだまま、わたわたとその背中を追いかえる。
今日の始まりがこの分だと、また佐藤にからかわれっぱなしの一日になりそうだ。
今度は欠伸の代わりにため息が出たが、その後の顔は嬉しそうに綻んでいた。
今日も、一日中一緒。
佐藤と、一緒なのだ。