西日は差し込み、すっかり夕暮れに包まれる教室内。とっくに帰ったと思っていた佐藤が居るので、吉田は教室のドアを開けた所で立ち止った。
「さ、さとう?」
 どうしてまだ居るんだ? というニュアンスを込めてその名前を呼んだ。しかし佐藤は、それまで時間つぶしの文庫本を仕舞い、何でも無いように立ちあがって、言った。
「おっ、来たな。さ、帰ろうぜ」
「い、いや、帰るけどさ……佐藤の委員会が先に終わったら、もう帰っていいって…………」
「ん? 何だ、迷惑だったか?」
 意地悪に佐藤がそう言うと、吉田が慌てて手を振る。
「め、迷惑じゃないよ! でも、だいぶ待っただろ?」
「いや、それほどでも……俺の方も長引いたし」
 とは言え、佐藤は吉田の事を、軽く30分は待っていた。その事はおくびにも出さないが。
「じゃあ、メールとかくれたら良かったのに……待ってるとか何とか」
「委員中じゃ携帯みれないだろ」
 そうだけど、と吉田は呟いて視線を落とした。顔が赤いのは、多分夕焼けのせいじゃないだろう。
(素直に、待っててくれて嬉しいって言えばいいのになぁ)
 恥ずかしいのか照れているのか、でもそんな様子も可愛いし、この態度があるから素直な時がとても可愛らしい。最も、常に素直であっても、それはそれでとても可愛いんだけど。
「待つのって、そんなに嫌いじゃないしな。俺」
「そ、そう?」
「ああ」
 同意しかねている吉田に、佐藤はしっかりと頷いた。
 傍に居ても何も出来なかった小学時代と、離れてしまった中学時代とは違い、今は待てば吉田が来てくれる。それがどれだけ、奇跡も超える幸福な事なのか。そんな時期の無い吉田には判らないだろうし、佐藤には実感させるつもりは更々無かった。
(もう絶対に離さないし、離れないからなーv)
「…………?」
 不意に笑顔を浮かべた佐藤に、吉田が訝しげに首を傾げる。キスしたくなる角度だなぁ、と佐藤は思った。しかし我慢の利かない自分を佐藤は知っているので、この場は何もしないでおいた。一旦火がついたとして、それが沈下する時間を想定すると教師の見回りの時間と被る。
(ま。俺は見られようがバレようが構わないんだけど)
「…………」
 吉田は、何だか佐藤が物騒な事を考えているような予感がした。
「ほら、帰るぞ」
「うわっ、と、とっ!!」
 佐藤が急に腕を引いて歩きだし、吉田はたたらを踏みながらどうにかその足に合わせる事が出来た。
(本当に色々いきなりなんだからなぁ)
 それに一々自分が反応するものだから、佐藤も余計に面白がるのかもしれないけど、無視なんて出来ないし。
(そうだ、無視なんて出来ないんだ)
「……あのさ、佐藤」
「ん?」
 廊下に出て、手を離した二人は並んで歩く。歩幅はかなり違うだろうに、こうして並べてるという事は佐藤が合わせてくれているという事だ。吉田は何もしていない。
「やっぱり、メール入れろよ。急いで行くくらいは、出来るからさ」
 待つ時間は要らないとか言う訳じゃないけど、やっぱり一人で待つよりは二人で居る方がいい。吉田はそう思う。だから、佐藤にも言ってみた。
「………そっか。なら、次からそうするよ」
 うん、そうして、ときっと無意識に嬉しそうな顔でに頷く吉田の頭に手を置いて、その顔を固定して覗き込む。
「可愛い吉田の頼み事だもんなv」
「なっ……!!」
 声を詰まらせて、吉田が真っ赤になる。
 可愛いとは何だ、とか、俺の言う事なんてきいてくれた試しがない癖に、とか、色々言いたい事はあるけど、佐藤が物凄く嬉しそうだから。
 それはまあいいか、と吉田は片づける事にした。
 帰り道、会話するして佐藤の顔をじっと見つめる。
(でも本当は、待ってくれるのって結構嬉しいんだよな)
 実はそう思ってるのは、佐藤には内緒。
 まあ、きっと待ってる佐藤を見つけた時の顔で、吉田の気持ちなんてとっくに解ってるだろうけど。



<終>