世の中、運とか実力よりも、タイミングが全てとか言うらしいが。
「なんであの時だったんだ?」
「ん? あの時って?」
 机を挟んで向かい合わせではなく、佐藤は吉田の隣に座り、気まぐれに子猫等を愛でるような手つきで吉田の髪を梳く。学校の教室ではなく、佐藤の自室だからか、吉田はその手を払ったり文句を言ったりはしない。別に人の目なんかどうでもいいのにな、と佐藤は思う。
「えっとー……だから、」
 言い淀む吉田の顔が真っ赤なので、佐藤は何となく続きが予想できた。そして、それが正解だった。
「昔の事とか、言うのとか……えーと、こ、告白するのとか……」
「ああ、もっと早く言って欲しかったって?」
 もっと早くこういう関係になりたかった? と佐藤は吉田に口づけようとしたが、さすがにそれに吉田は抵抗を見せた。
「そーじゃなくて! ちょっと気になっただけで!! だってそれまで何も言わなかったし!!」
 真っ赤になってそう言ったが、結局はその口は佐藤の唇によって塞がれてしまった。終わった後、吉田が物言いたげにうぅぅ、と唸っている。ちょっと涙目のその顔がとても可愛い。
「まあ、最初はさ。吉田が俺に気づいた時に言おうかなって思ってたんだけど」
 だけどなんなんだ? とばかりに吉田が軽く首を傾げて佐藤を見据える。
「吉田が、小池に頼まれて俺に本命訊きに来たりしたから、これはちょっと危険かなって思って」
「? ……何が危険なんだよ?」
 吉田はますますきょとんとする。そもそも吉田を「可愛い」と弄る佐藤の観念は、その場で吉田の常識を超越している。
「解らない? だから危険なんだよ、お前は」
「だからって、何が……わあっ!
 横に座る吉田の体を軽々と持ち上げ、佐藤は自分の膝の上に置いてしまう。
 もー、佐藤はやる事突然なんだよ、と吉田は強制的に移動させられた場所で落ち着く体制を取る。かなり近くなってしまった佐藤の顔に、少しどぎまぎしながら。
「吉田がさ、普段苛められてる相手の言う事でも、頼まれたら聞いちゃういいやつだって解っちゃったら、惚れる子とか出てくるかもしれないだろ?」
「へ? ……本気で言ってるの? それ」
 佐藤は時々宇宙語を話す……と、吉田はたまに思う。主にこんな時とか。佐藤は、そうだよ、と言ってから頭に軽くキスをした。
「吉田は知らないんだよ。昔、どれだけ皆に好かれてたとかさ」
「いや……そりゃ、今みたいに邪険にされる事は無かったけど……っていうかそれの原因主にお前だし」
 いい加減女子も慣れたのか、佐藤と仲のいい吉田を苛めても特にメリットは無いと判断したのか、以前みたいに集団で吊り下げたりしなくなったけど、やっぱりたまに「おのれ吉田め!」っていう目で見られる。佐藤と一緒に帰る時とか等に。
 吉田自身、小学校高学年が自分の人生のモテ期だと思うが、それでも佐藤や前の山中みたいに女の子にキャーキャー言われたりは無かった。だから佐藤の懸念がいまいち腑に落ちない。
 そんな吉田に、佐藤はしょうがないな、とばかりにため息を漏らす。物わかりが悪いヤツめ、みたいに。吉田は少しむすっとなった。
「まあ、あの時は全員子供だったしな。自分の気持ちがどれだけ本気かって解っても、何も出来なかったと思うよ。
 俺だってそうだったんだから」
「……佐藤、も?」
「そうだよ」
 この際周囲が本当にそうだったかはさておき、佐藤にもそんな微妙な時期があった事に驚きだ。吉田の知る佐藤は、いっつも押しの手で「引いてダメなら押してみろ」どころか「引く暇あるなら押しまくれ」みたいなノリだし。
 相手が気になって仕方ないこの気持が、本当に「好き」と表すものなのか。答えが見つかるまで只管考えるしかないあの過渡期が、佐藤にもあったんだろうか。
(いや、その前に…………)
「…………佐藤は、」
 名前を呼んだ所で、佐藤が顔を覗き込んできたから、それに吉田がドキンとなる。それをどうにか落ち着かせ、話の続きをする。
「いつから……その、俺の事…………」
「…………………」
 そういう雰囲気で言ってるのだから、きっと佐藤は解ってると思うのに、その言葉を言わせたいからか気付かないふりを決め込んで続きを待っている。そんな佐藤に、「本当に意地の悪いヤツ」と顔を真っ赤にさせて軽く睨んだ。
「俺の事……す、好き、なんだ?」
 言えた、と吉田は少し達成感を味わう。
「………どうだろうなー」
 かなり意を決して言った吉田の質問に対し、佐藤の回答はとてもあやふやだった。別に、はぐらかして吉田の反応を楽しもう、という事でもないらしい。
「気づいた時にはもうかなり好きだったし……もしかしたら、一目惚れかもね。
 苛めっこ達を一喝して追い払う吉田、本当に格好良かったもん」
「そ、そう?」
「うん」
 照れの為にうろたえるような吉田に、佐藤はしっかり頷いた。その言葉に揺ぎ無いと、真っ直ぐな視線が告げている。
 吉田は思う。
 いつ頃かは知らないが、小学校のあの時点で佐藤はもう吉田の事が好きだったらしい。当人も「小学校の頃から本命は吉田だけ」と言っていたし。
(そういう事だったんなら、)
 どういう気持ちだったんだろうか。好きだと明言出来る相手に何も告げないで消え去り、その相手が居ない時でもずっと想い続ける。
 褪せる事無く想い続ける。
 その人は自分の事を忘れてるかもしれないのに。この場合、実際忘れていた訳だが。
(そんなの、やっぱり、)
 哀しくて、辛くて、寂しい……んだと、思う。吉田には判らない。だって佐藤は目の前に居るから。こうして居るから。
 気にし始めて自分の気持ちに動揺して、やっと認め切ってそれを伝えるその間、ずっと佐藤と一緒に居たから。相手の居ないそんな状況は想像つかない。
 したくない、のかもしれない。
 胸が、潰れそうで。
「……やっぱり、もっと早く言っても良かったんじゃないかな」
 そう呟いた声が、あまりに切ない声色で、言った吉田がまずうろたえた。こんな手に余る事、佐藤だけで十分なのに。
 あわわ、と慌てふためく吉田を、佐藤は軽くぎゅっと抱きしめた。
「きっと必要なんだよ。そういう時間もな」
 こんな風に、抱きしめたりキスしたりする為には。
「………………」
「それに、何も解らず翻弄されてる吉田がもう可愛くってv」
「…………何か、そっちの方が果てしなく本音のような気がしないでもないけど」
「吉田がもっと早く言ってくれたら、その場で告白したんだけどなー」
「なっ……俺のせいって言いたいのか!!」
 解るわけないだろあんな大変身!!と吉田は憤った。
「俺は吉田の事、すぐに解ったのに」
「そりゃそうだろ、あんま身長変わってないんだから! 悪いか!!!」
「ううん。とっっても嬉しいよv」
「ああ――――!! こう返されるの解ってて言ってしまった―――――!!」
 激しい後悔の念に包まれる吉田だった。
「だいたいそんな基準で……もしかしたら、またそのまま別れちゃうかもしれないじゃんか」
 そんな大事な事なら、相手に任せるのでは無く自分で動くべきだと吉田は言いたい。まあ、佐藤が動いていい結果になるかどうか(特に吉田にとって)は、解らないが。
 それとも、佐藤にとっては言っても言わなくてもいい事だったんだろうか。佐藤の気持ちは佐藤のものなのだから、どう決めてもいいのだが。きっと吉田は佐藤に迫られなかったら永遠に気付かないままだっただろうし、今あるこの気持が無いとなると少し寂しい。まあ、ある今だから言える事だが。
「うん、でも、俺は吉田は気づくって思ってた。いつかは判らないけど、絶対気づくって思ったから」
 調子は穏やかだが、力の籠った声だった。そんなことない、と吉田は言おうとしたが、本当に気づいた後で言ってもその反論に効力があるのかどうか。
「だって、吉田だから」
 真剣ながらに、蕩けそうな笑み。佐藤は、それで全てが片付くらしい。
 ならそれでいいか、と吉田も思った。どうやらつい最近自覚した自分より、佐藤の方が吉田の気持ちをよく解ってるみたいだし。
 だからもう、「もしも」の話は止めにして、今を過ごそう。佐藤と一緒に居る現在に集中しよう。
「ねえ、吉田からキスして」
 そう思った途端、そんな吉田の気持ちを見透かしたように、佐藤が強請る。
 幸い、二人の距離はとても近い。佐藤の願いは、すぐに叶った。




<終>