暫く続いた緊張状態も、これで暫くはおさらばだ。解放感が飽和状態の中、吉田も大きく伸びをする。
「お、余裕の態度だな。今回のテスト自信あるのか?」
 後ろから掛けられた声に、吉田は、う、と固まる。
「何でそういう事言うかな、もー」
 それは勿論、こういう不貞腐れた顔を見たいからだが、佐藤のそんな歪んだ嗜好についていけない吉田には解るはずもない。
「答え合わせとかしてみる?」
「えー、いいよ。どうせ戻ってくれば点数解るんだし」
 佐藤はテスト後、手元にある答案用紙を用いて答案が戻って来る前に自ら答え合わせをするのだと言う。そういう所が優等生と劣等性の分け目だとは思うが、やはりテストが終わった直後に改めて問題を解く気にはなれない吉田だった。佐藤の申し出も謹んで断る。とにかく今は勉強の事は考えたくない。
「これからどうする? どっか行く?」
 どこぞの進学校では、テストが終わるなり午後からいきなり通常授業になる所もあるが、吉田の学校は幸いそんなに厳しくは無い。
「吉田はどうする?」
 折角尋ねたのに、自分に話題が戻ってきた。吉田は、うーん、と少し考えて。
「映画でも見ようかな。丁度見たいのが先週からやってるし」
「お、いいな。じゃ、そうしよっか」
 そうして午後の予定が決まった。

 一応、秋本と牧村も誘ってみたが、2人はすでに予定を組んでいた。秋本は明確な事は言わなかったが、その様子と赤らめた顔で、どうやらあの可愛い幼馴染絡みだと言う事が解る。牧村は散髪の予約を入れ居ているとの事だ。あの頭をどうカットして仕上げるのか、かなり気になる。
 そんな訳で、佐藤と2人して映画に向かう。デートとそうでない時の区別はきっちりつけたいつもりだが、佐藤の態度から2人きりの嬉しさが滲み出ているから、吉田がそれに抗うのはかなり難しい事だった。室内に居る時(つまりはお部屋デート)みたいに、ふにゃ、と気を許しそうになる。
「見たいのってどれ?」
「うーん、実は2つあるんだ……どっちにしよう……」
「ま、ゆっくり考えな」
 悩む吉田に可愛さを見出だし、佐藤はほっこりと和んで言う。
 シネコンに着いた時、吉田達と同じくテスト終了に伴った午後からの空き時間を映画観賞に当てよう、という輩は多いらしく、受付前には人で混雑していた。列の進みは早いみたいだが、すぐには回って来ないだろう。吉田はその間、を考える時間に当てる。
 そうして見たい映画も決まり、席も予約し、あとは上映時間を待つだけだ。会計の時、2人分をさらりと佐藤が払った事にちょっと物言いがあるが、そんな事をすればそのままの意味で口を塞がれてしまうのは明らかだ。
 まあ、今は時間を潰す事を考えよう。
(その前に、メシだな〜)
 すでに腹が鳴りそうなくらい、空腹の吉田だ。佐藤にそう声をかけようとすると、佐藤は何やら貼ってあるポスターに注視している。
 何かな、と思って吉田も覗いて見て――その顔が歪む。
 佐藤が見ていたポスターは、上映予定の映画ではなく、このシネコン自体の宣伝のものだった。そして、新しく出来たカップルシートを前面に情報を押し出している。
 カップルシートとはアレだ。カップルが坐るシートだ。当然だが。
 これは突くと蛇が必ず出る藪だ。素知らぬふりをして、スルーしようと思ったが、勿論佐藤がそれを許してくれない。
「なあ吉田。次来た時はこれにしようかv」
 呼吸が止まるような事を言う。
「ばっ……これ、男女限定だし!」
 カップルである事にはこの際触れない吉田だ。もう、そのくらいの諦めというか自覚は済んでいるのだし。
「吉田が女装すれば平気だよ。この前のチアも凄く似合ってたしv」
「な―――ッッ!!!」
 よりによってこんな公共の場で何を言うんだ! と憤慨する前に周囲を見渡す。幸い、会話が聞かれるような距離に人は居なかった。胸をなでおろす吉田。
「まあ、吉田が嫌なら俺が女装してもいいけど?」
 ……何だか、その方が自分にダメージが多そうだ。想像して、吉田がげんなりとする。
 相変わらずの顔で言う佐藤に、ジョークか本気かの区別がつきにくい。
「もう、いいから何か食おうよ。俺、超腹ペコ」
「そうだな。何にしよっか」
 そうやって自然に吉田に促す佐藤の頭の中、さっきのカップルシートの事が残ってるかどうか吉田には解らない。
 最も、叶えたいと思えば何が何でも実現させる佐藤の性格を考えると、さっきの提案もそう本気でもないのかもしれない。
(大体さ、こんなところで金払わなくたって、佐藤の部屋に居れば勝手に………)
 1つのソファに座って、寄り添って、それで――
「…… ………… ………………」
「あそこに案内板があるから、見てみようか。………吉田?」
「え、あ、あー、俺ピザ食いたい!」
 佐藤が何か言っていたような気がするが、その流れを無視して吉田は強引に言う。胸中を誤魔化す為に上がって行くテンションが少し恥ずかしいが、本音を悟られるよりも何倍もマシだ。佐藤もそういう時は、そっとしておいてくれるし。
 ……勿論、そうじゃない時もあるけど。

 作品に見入って居る時は気付かないが、2時間強を坐りっぱなしで居ると、身体が凝るものだ。吉田は席から立ち上がると、大きく伸びをした。今日は何だか、身体を解してばかりだ。
 見たいと注目していただけあって、映画の内容は吉田の気に入るものだった。幸い、佐藤とは作品の好みが似ているらしく、こういう場では諍いの心配が無くて助かる。
 まだ時計を確認してないが、夕方ちょっと過ぎくらいだろう。もうひと遊び出来そうな時間はあるけれど。
「吉田」
 佐藤が呼びかける。
「まだ時間いい? 大丈夫なら、俺の部屋寄って行かない?」
 最初も佐藤からの誘いで訪れた流れか、この手の誘いは佐藤からが常だった。別に吉田も行きたくない訳じゃないけど、言い出すのが恥ずかしい所が多い。
 吉田はちょっと考えるふりをして、実はもう答えは決まっている。
 どうやってそれを切り出そうか、と考えていたくらいなのだから。
「じゃ、そうしよっかな」
 さりげなさを装う吉田は、不自然さがにじみ出ていた。視線は泳ぐし、意味も無く頭も掻く。そんな吉田を、佐藤は嬉しそうに眺める。


 部屋に着いたら、並んで坐ろう。
 他に誰も居ないからこそ、身を寄せ合いながら。


<END>