秋本と二人の帰り道、「あー、豊作ちゃんと豊作ちゃんのお友達」という声に振り向いてみれば、秋本のご近所の幼馴染だという洋子とばったり遭遇した。
 彼女はこの偶然にとても喜んで、一緒に帰ろうと秋本をしきりに誘う。なので吉田も気を利かせて帰ろうとしたら秋本から「ちょっと待って行かないで!」と必死に縋られてしまったので、情に厚い吉田は帰り道のブレイクタイムに付き合う事になった。
 洋子は豊作ちゃんと二人きりになれなくて「ううん」みたいな顔になったが、すぐに切り替えて「あそこのミスドにしようー」と可愛く間延びした声で言う。世間的にイケてない部類の自分が居ても嫌な顔をしない洋子に、吉田はいい子だなぁ、と思った。
(彼女じゃないとか言ってるけど……)
 楽しそうに会話を交わす二人を見て、吉田は思う。
 でも洋子は秋本の事がそういう意味で好きみたいだし、秋本だって彼女の事は決して嫌いではないだろう。むしろかなり意識してると見て間違いない。
 しかし可愛い子と並ぶ事に自分の容姿にコンプレックスを感じて、中々素直に気持ちを推し進められないという心境は、吉田にはとても、思いっきり、身に染みて、痛いくらいに解る。解らざるを得ない。
「そういえば、豊作ちゃん達ってあの佐藤君とお友達なんだよね?」
 丁度、今まさに思い浮かべていた人物の名前を出され、危うく山ぶどうスカッシュをコップ内で逆噴射しそうになった。
「うーん、僕っていうか、吉田と仲がいいよ」
 ね、吉田。と話を振られ、「う、うん」とややぎこちなく頷く吉田。
 確かに吉田は佐藤と仲がいいと呼ぶべき間柄ではあるだろうが、きっと秋本との認識とは果てしなく食い違っている。表現に使う言葉は同じなのに、不思議なものだ。洋子は「そうなんだー」と相槌を打って、ホットカフェオレを可愛らしくこくんと飲む。
「あのね、洋子の友達に佐藤君が好きな子いるの。写メの画像とかあったら、貰えないかなー」
「…………………………」
 まあ、佐藤の名前が出た時点でこういう展開になるとは思ってたけど。吉田は表情を紛らわす為に、チョコが変わったショコラフレンチをがぶりと食んだ。それを咀嚼して飲み込む間、とりあえず平静を装うと試みる。
「え、えーと………やっぱり、本人の知らない所でそういうのって、俺はどうかなって思うから…………」
「だよねー。洋子もそう思うー」
 意外とさらっと流してくれた。彼女としては、一応頼られた分の顔はもう立てたらしくこの話は終わりらしい。本当にいい子で良かった……!と吉田はうっかり涙目で拝みそうになった。
 で。
 折角片付いた話だというのに、やっぱりどーしても気がかりになってしまう訳で。
「……その佐藤が好きな子って……彼女になりたいとか、そーゆーので好きなの?」
 さりげなく!あくまでさりげなく!!と心の中で連呼しながら、吉田は洋子に聞いた。彼女は、ほっぺたに人差し指を押さえ、うーん、と考えてから。
「……どっちかというとー、アイドルをキャーキャー騒いでる感じかなぁ」
 成程、俗に言うミーハーというやつか。
 しかしそれで、安心出来るのかどうか。吉田が判断しかねていると、洋子が続ける。
「そういう好きなら、皆と一緒に騒げないと思うなー。洋子はそう思うー」
「…………うん、そうだね」
 吉田は、頷いた。
「と、ところでさ」
 何だかそわそわしたように言うのは、秋本だ。何か冷や汗だか脂汗だかでびっしょりだ。顔も赤いし。
「そ、その、洋子ちゃんは、えっと、佐藤の事………あー、何でもない。何でも無いから………っ!」
「? 変な豊作ちゃーん」
 あはは、と洋子は楽しそうに笑う。
「……………」
 そんなやり取りを見て「付き合っちゃえばいいのに」という言葉を山ぶどうスカッシュと一緒に飲み込んだ。


「吉田、最近あまり妬かなくなったね」
 と、佐藤が言ったのは上の出来事から数日後の事。
「は?」
 何をいきなり言い出すんだ? と吉田は背の高い佐藤を見上げる。
「前は女の子と話してると「もー!」って感じで可愛く目を吊り上げてたのにさ」
「あれはお前が断るのにはっきりしないからだろ! 別に妬いてない!!」
「はいはい」
「軽く流すな――――!」
 しかも「よしよし」とあやす様に頭を撫でるので、同級生というプライドも傷つく。
「ヤキモチしてる吉田も可愛いけどね。何、本命の自覚が出来て余裕になった?」
「っだ、だから…………」
 ヤキモチしてないし、本命の自覚とか余裕とかでもないし。
 でも何か佐藤が非常〜に嬉しそうなので、ムキに反論するのも阻まれる吉田だった。
(本当、別に余裕とかじゃないし………)
 それでも、洋子の「本当に好きなら騒げない」っていう女子の本音を聞いて、それならキャーキャー騒ぐのはいいかな、とか思ったのは事実で。
 まあ、女子の本音というか、吉田としても納得出来る意見だったので、素直に従えたのだと思う。つまり吉田が、艶子等の超絶美人に対した時の心境を参考にして、推測してみた訳だ。
「…………………」
「吉田、何考えてるの?」
「いや、別に…………」
「あんまり使うと、知恵熱出るぞ?」
「出るかッ! ……ただ、ちょっと…………」
「ん?」
 佐藤が聞きたそうに顔を覗きこんで来たから、吉田は説明する事にした。
(こうなったら、佐藤、聞き出すまで絶対粘るだろうし…………)
 あんまり話したくないような事ではあるが、結局言わされるならダメージが少ないにこした事は無い。
「だからさー、今こうして普通に話してるけど、それって男同士だからで、俺が女とかだったら、絶対無理だろうなーとか」
「ふうん? そんなもんか?」
「うん。クラスの女子と一緒に騒ぐとか、多分出来ないと思うし………」
 ブサイクは女になったらブスなのだろうし、そんな自分がこんなに綺麗な佐藤の事を口にするのすら阻まれる。
 ましてや、こういう意味で好きとなったら、名前を聞くだけで真っ赤になっていそうだ。今は、ただのクラスメイトだった時期の方が長いから、その実績(?)のおかげで普通にする時は普通に出来て……ると思う。
(だって佐藤が変なちょっかいかけるし)
 いや、まあ、ある意味前と変わりないと言えなくもないが。
「ふーん………」
 と声を発する佐藤がやけに近いと思えば、顔が近かった。
「なっ! なんだよ!」
「んー、女の子になった吉田ってどんなもんかなーって」
 きっと絶対可愛い、とばかりに微笑んでいる。
「変な事想像すんな! ブサイクがブスになってるだけだっての!」
「でも割と普通に想像出来るよ。チアの服だって、似合ってたじゃないかお前v」
「人の黒歴史を呼び起こすなよ! あっ! そういえばあの画像…………っ!!」
「俺はあまり変わらないと思うけどね」
 重要な事を聞き出そうとする吉田のセリフを遮って、佐藤が言う。
「吉田が女の子になっても、俺が女でも。きっと今みたいに一緒に帰って、こんなやり取りして。
 吉田は俺の言う事にいちいち真っ赤になって、あたふたしてると思うよ」
「…………………。あんまり嬉しくない」
 特に後半が。
 しょっぱい顔して呟く吉田に、佐藤はあはは、と朗らかに笑う。
「吉田はどんなになっても吉田だし、俺はやっぱり吉田の事が好きっって話だよ」
「…………………」
 何か、結論が一気に飛躍したよーな気がしないでもないけど。
 静かに、目を覗き込んで言うものだから、吉田も素直に聞いてしまう。
「まあ、それでも性別が変わると色々違う所も出るだろうけどね」
 そうだなぁー、と佐藤が呟く。きっと吉田が女になった場合を想定しているので、吉田はやめろと言いたい。
「とりあえず、俺は月一回に一週間の禁欲生活を強いられる訳だな」
「…………いきなりそんな事言っちゃうんだ」
 斜めった方向で凄いぞ、佐藤。
「だってそうじゃん」
「…………そうだけど」
 否定しないけど。摂理だから。
 なんだか男の体に感謝したくなった吉田だった。佐藤と同じ意味では無く。
「あとは……そうだな。卒業したら結婚するか」
 にこっと笑う佐藤だが、吉田は笑えない。
(佐藤にも結婚願望とかあるんだ)
 まあ、今は同性でも結婚できる国もあるし。添い遂げるにも他にも色々手があるのだろうけど、すんなりと周囲に祝福される事は難しそうだ。男女の結婚と比べては。
 そんな風に少し凹む吉田だが、彼は大きな思い違いをしている。大変大きな思い違いだ。
「ま、そんな訳だから」
 と、佐藤。
「卒業したら一緒に暮らそうな」
「…………………えっ?」
「言っとくけど、かなりマジだから」
「えっ? えっ?」
「今日、姉ちゃん帰り遅いから。俺の家で晩飯食ってけよ」
「えっ? えっ? えっ? えぇっ??」
 戸惑い過ぎて確認すら取れない吉田の手を引いて、佐藤は自分の家へと連れて行く。
 同性だとか異性だとか、男も女も関係ない。
 この手をもう離さない。
 佐藤が決めてるのは、望むのは、それだけだ。




<終>