季節外れの高温が続いたあの初夏の日、見えない所で尾けたれていたという事実を知ってしまってから、どうも佐藤と一緒の帰り道は周囲が気になって仕方ない。
 そういえばそこはかとなーく、人の気配を感じるような感じないような……
 確かにこれは疲れる。佐藤が「ウチの女子みたいにあからさまの方がまだいい」と零したのも、運命共同体である吉田も頷いてしまう。
 これなら、実際に尾けられていたとしても、知らずに行き来していた方がまだ気が楽だった。
 しかし事実を知ってしまった今、そうはいかない。
(ああ、もうあの頃には戻れないのか……)
 セリフだけ見ればシリアスな吉田の胸中だった。
 陰でこそこそ見つめるストーカーと純真の合いの子みたいな女子も居るが、その反面芸能人のおっかけみたいにミーハーな子も居る。今、通り過ぎ去った後ろで「キャーv見ちゃったーv」と小声で(彼女ら的には)歓声をあげてるのがそういう類の子だ。
 しっかり聴こえてしまったその歓声に、吉田は「今から英語のテストをやります。異議は受け付けません」と言われたみたいな顔になった。うぅ、と顔を顰めて軽く唸る。
 そんな吉田を間近で(そして頭上から)見た佐藤は、申し訳ないと思いながら妬かれる喜びを噛み締めた。
 街中では始終そんな感じだが、さすがに住宅街にまでには及ばないようで、家が立ち並ぶ閑静な空間に入り、吉田はほっと息をついた。
「何つーか、改めてお前の人気凄いなー……
 今でこうなんだから、これから先どーなんだろ」
 後半、まるでぼやくように言った。せめて事件性を帯びない様に気をつけてくれよ、と祈りながら。
「んー……まあ、でも」
 並んで歩きながら、佐藤が言う。
「多分さ、卒業しちゃえば、彼女達は俺の事なんて忘れると思うよ。格好いい人がいたなぁ、と思うかもしれないけど、それだけで何年かしたらそれも忘れるよ」
 そして、佐藤は吉田を見た。
「何年か何十年か経ってさ、そういえばあんなヤツが居たな、って思い出すのはきっと吉田みたいなヤツ」
「え、そう?」
「うん。そのくらい面白い顔だからv」
「…………。お前な」
 ここで殴られないのは愛だろうか、と壮絶な表情を作る吉田を見て、佐藤は勝手に好意的に受け取る。
「まあ、ずっと忘れないってのは体験談だから」
 さらりとそう言われてしまい、吉田はさっきの怒りもけし飛んで、しかし何も言えなくて少し途方に暮れてしまう。
 小学卒業から高校の再会まで、佐藤はずっと想い続けていたというのに、吉田の方は中学で知り合った虎之介やら井上やらとそれなりに中学生活をエンジョイしていた。佐藤の事なんて、こうして再会しなければ思い出さなかったのかもしれない。
 不思議な事に、佐藤はそれについて特に責め立てる事はしない。告白された日に、少し揶揄されたくらいで、それだけだ。まあ、佐藤の事だから、言わずに貯め込んでおいて、絶妙なタイミングで吐き出すのかもしれないが。最強の手札を最高のタイミングで出すのが佐藤だ。
「お、俺だって、」
 黙ってると息がつまりそうで、吉田はとにかくセリフを紡いだ。
「今なら、佐藤の事絶対忘れないから!」
「そう」
 短くシンプルな返事をした佐藤は、じっ、と暖かい微笑で吉田を見やる。その視線は何だ? と怪訝に思った吉田は、次の瞬間あっ!となる。
「べ、別に、は、離れる訳じゃないけどさっ」
「うん」
 また短い佐藤の返事に「もっと長く喋れよ!」と吉田は訳の解らない怒りが湧いてくる。何だかこの一連で、自分だけ恥ずかしい思いをした気がならない。
 でも自分を楽しそうに見える佐藤の笑顔が綺麗で、吉田は羞恥とは別に顔が赤くなるのを感じる。
 そんなやり取りをしている間に、帰り道の分岐点に着いた。バイバイ、と吉田は佐藤に別れの挨拶を告げる。佐藤は軽く手を挙げながら返事をして、その仕草がなんか格好いいな、と吉田は思う。
 自分とは別の道を歩き始めてた佐藤の背中を見て、思う。今は学校があるから、明日になれば自動的に会えるけど、卒業したらどうなるのだろう。
 少なくとも、一緒にこうして帰る事はなくなりそうだ。
 佐藤はどこに進学するのだろうか。 それとも就職? その前に、ここに何時まで住み続けるのだろうか。
「…………」
 一巡くらい考えて、吉田はそうそうに切り上げた。なんだか、踏み込めば深みに嵌るのが目に見えたからだ。少なくとも、自分だけで考えて答えが見つかる事ではない。もし次にこの問題を思う事があって、近くに佐藤が居たら言ってみよう。
 問題を保留にした吉田は、自分の帰路を歩き始めた。
 その背中を、さっきの吉田みたいに佐藤がじっと眺めていたが、後ろを向いている吉田には解りもしない事だった。



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