「あのさ、佐藤」
 と、昇降口で上履きから靴に履き替える時に吉田が口を開いた。どうした? と佐藤は上から覗き込む。育ち過ぎた体躯を感謝したいのはこんな時だ。こうすると、吉田は上目遣いに自分を見返してくれるので、その様子がとても可愛らしい。
「今日、帰りにちょっとホームセンターに行かなきゃならないんだよ。ハチ専用の虫のスプレー買って来いって言われちゃって」
 ピンポイントのヤツじゃないと効き難いらしく、近所にはアバウトにオールラウンドな殺虫スプレーしか無いと言われた、と吉田は補足説明した。吉田としては帰りにそんな雑務を背負い込みたくなかったようだ。勿論、単に面倒というのもあるだろうけど。
「だから……その………」
 店に寄るとなると、佐藤との別れ道がいつもより早まってしまう。
 それを告げようとする吉田の視線が俯き、口の動きが鈍くなる。可愛いヤツ、と佐藤は胸中で呟いた。
「ああ、いいよ。一緒に行こっか」
 何でも無いように佐藤がさらっと言うと、吉田が軽く目を見張る。吉田にとって想定外のセリフだとしたら、佐藤としても不本意だ。何故に吉田と居る時間を減らす選択を、自分が取ると思われているのだろうか。一度その辺についてみっちり教えてやろうかと佐藤は思った。
「えっ! で、でも佐藤、遠回りになるよ? 結構、かなり」
「別にいいよ。どうせ帰っても、暇そうに転がってるしかないしな」
「……まあ、佐藤がいいなら、いいんだけど…………」
「吉田、顔がにやけてる」
「えぇっ! う、嘘っ!」
「うん、嘘v」
「なっ………! しょーもない嘘つくなよ! っていうか先に行くなよ―――――ッ!!」
 勝手にすたすたと歩き出した佐藤の後ろを、吉田は小走りで追いかけた。

 そういう訳で、ホームセンターだ。大概、この手の店は大型の荷物を自家用車で運ぶ事を前提とされているので、店舗と駐車場のスペースがほぼ同じなのが特徴だ。
「久々に来たから、ちょっと店構えが変わってるなぁ」
 どこだよ殺虫剤、と呟く吉田の横で、素早く店内案内を見つけた佐藤が誘導する。おかげで、すんなり目的の品を見つけられた。
「ついでだから、俺もノートとか買っていこうかな。下手に100均で買うより、こういう所の方が安いし」
「あっ、そう言われればそうだな。俺も買おうっと」
 佐藤の提案に吉田も乗りかかろうとした時、吉田は犬の声を聞き取ったように感じた。しかも、店の外では無く中からだ。
「………犬が居るのかな」
「かもな。入る時、ペットショップがあるっぽいマークがあったし」
「ふーん、前来た時はそんなの無かったけどな………」
 と、言いながら吉田は周囲を伺う素振りをしていた。
「ちょっと行ってみようか」
「うん」
 二人、鳴き声のする方に向かって歩き出す。反対の壁際だったので、結構歩いた。ペットコーナーの周囲のみならば、飼い犬等の入店が許可されているらしく、ペット連れの客がちらほら見える。
「うわー、犬だ」
 吉田が見たままを口にして、ショーケースの前に赴く。丁度そんな時間なのか、売りものの子犬達は半数が寝ていた。
「うわっ、チワワ高値いなー。一番高いじゃん。やっぱりまだ人気なんだなぁ。
 へぇー、ブルドックって子供の頃からこんな顔してんだ!かっわいいなー」
 あはは、へちゃむくれてるー、とブルドックの仔を前にして吉田が無邪気に笑う。
「可愛いな」
「なー!」
 佐藤の言葉に吉田が頷いたが、その「可愛い」が掛かってるのがショーケース内の子犬達ではなく、自分だというのには気づかない。
「本当に可愛いよなー」
 そんな状況をいい事に、佐藤は「可愛い」を連発していた。

 その後、適当に「へー、こんなの売ってるんだー」などと言いながら店内を冷やかし、二人はそれぞれの買い物を精算した。
「なあ、時間まだいいならどっか寄らないか?」
「うん、俺もそう思ってた所」
 吉田が佐藤の申し出に素直に頷いたのは、だって佐藤の事が好きだから。
 ではなく、単に目の前にファーストフードの店があったからだ。何せ食べ盛りの高校生なので、夕飯の前にちょっと何か入れておかないと、腹が持たない。
 メニューを見ながら注文していくと、佐藤がさっと二人分まとめて会計を済ましてしまった。それに複雑そうな顔を吉田がしていると、その額を佐藤が軽く指で弾く。いちいち気にするな、と言いたいらしい。
(……そういう心理って言うか、気持ちは同じ男だから俺も解るけどさ)
 なら今後は俺が佐藤に奢る! と言えないのが辛い所だ。あくまで小市民の吉田は小遣いの金額だって小市民だった。
 頼んだ物を食べ終わった後でも、二人は他愛ない会話を続けていた。二人きりになるとすぐに手を出す佐藤だが、こうやって普通に話しも出来たりする。ずっとこういう感じだといいのになぁ、と吉田は思わないでもない。別にそういう事をするのは嫌じゃないんだけど。
 そうしていたら、いい加減日も暮れて来たので帰る事となった。家の位置の都合で、店の外に出たその場で道を別れないとならない。
「今日は楽しかったなー」
「えっ、そう?」
 何気なく発せられた佐藤に一言に、吉田が少し首を傾ける。だって、行った所と言えばホームセンターとこの店だけだし。
 きょとんとする吉田に、佐藤はにこっと笑いかける。元が綺麗な顔なので、そうするととても格好良く見える。
「うん、ペットショップ覗いて文房具買ってさ。お茶して帰るなんて、ものすごい学生の健全なデートって感じで」
「………は? デッ、デート!? デートって!?」
 俺そんなつもりじゃなかったんだけど!? と泡食ったように吉田が真っ赤っかになる。そんな吉田を、佐藤は楽しそうに眺めた。
「いいんじゃないか。楽しんだ者勝ちって事で。俺は吉田と居るとそれだけで楽しいよv」
 そりゃあれだけからかえば楽しいだろうよ……と自分の今までを振り返って吉田の視線は少し遠い。
「じゃ、まあ明日な」
 そう言って。
 佐藤は背を屈め、吉田にごく軽いキスをした。触れ合った時間は数秒にも満たないだろうけど、それでも重なった感触は確かに唇に残る。
!!!! なっ! 何すんだよこんな道端で―――――ッ!!」
 誰が来たらどうするんだ! と吉田が憤るが顔の赤さの原因はそれが全てでは無い。
「いや、何でって言われても」
 デートの終わりはキスって決まってるだろ、なんて言うから、吉田の顔が一層赤くなった。



<終>