「ねえ、吉田。高校卒業したら一緒に暮らそうよ」
 と、ゆーセリフはその時では単なる夢物語でしかなかったんだけど。

 約束が果たされてこそだというなら、夢だって叶うから夢なんです。(多分)


 この春、吉田は大学に進学して親元から離れて暮らす事になった。
 そこまではまだいいんだと思う。
「吉田ー、荷物片付いたか?」
「え、あ、も、もうちょっと!!」
「何だ、まだなんじゃないか。手伝ってやろうか?」
「い、いーよ。自分のが終わったんなら、休んどけってば」
「んー? 見られたくないものでもあるの? エロ本とか?v」
無ぇよバカ―――――ッッ!!!
「ならいいだろ。これ、冬物か? なら仕舞っていいのか?」
 と言って佐藤はさくさくと吉田の衣類をタンスに仕舞っていく。佐藤にだけさせれられないので、吉田も片づけに取り掛かる。
(ほ、本当に佐藤と住むんだな、俺…………)
 空の家具に次々と自分の物を仕舞う過程で、嫌でもそれを思い知る。それに気を取られて、結果片付けが遅くなってしまった訳だが。
 自分はこんなに緊張してドキドキしているのに、佐藤は何だか当り前の普通で、その差が余計に恥ずかしくなった。
(そりゃあさ、昨日今日で決めた事じゃないし、約束したのも随分前だけど………)
 こんなに過剰になる方が可笑しい。そう冷静に分析は出来るんだけど。
「吉田……また手が止まってるぞ」
「……あっ、ご、ごめん………」
 佐藤に言われ、吉田は自分の動きが止まっていたのに気づいた。
(もー、いい加減にしろよ!)
 と、吉田は自分を叱咤して、作業を再開――しようとしたけど。
「吉田」
 静かに名前を呼んだ佐藤が、背後からぎゅっと抱きしめて来て、その手が止められる。
「ちょ、ちょっと何するんだよ!」
 吉田はじたばたするが、佐藤の腕は外れない。高校時代にまた背を伸ばした佐藤とは違い、小学校卒業と共に成長期と別れを告げた吉田の差はより顕著になった。
 早く片付けろと言ったのは佐藤なのに、何故その相手に邪魔されないとならないのか、と吉田は理不尽な事態に憤慨する。
「もう、片付け明日にしたら? 何か、それどころじゃないみたいだし」
「そっ……そんな事………」
 吉田がさっきから上の空だという事くらい、佐藤じゃなくても解る。でも、その理由が解るのはきっと佐藤だけだ。
 そんな事ない、と吉田は否定するが、顔が真っ赤な上にセリフも噛んでいては説得力というものが無い。むしろ、反対の意味にすらなっている。
「………吉田」
 すっかり熱を持った顔を見られたくない吉田は、知らず俯いている。その顎に指をかけ、上向かせて口付けた。
「っ…………」
 後ろからのキスで、体が捩じれているからか、吉田は少し息を詰まらせた。なので佐藤は一旦キスを止め、体を反転させて抱き合う形を取った。
 楽な姿勢になって、吉田の体がふっと緩む。そして、また唇を重ねた。
 何度も、何度も、角度と深さを変えてたっぷりと。
 もう、誰が来るとか、いつまでに帰らなくちゃならないとか。
 そんな事は気にしなくてもいいのだから。


(……結局、俺の分ほとんど片付かなかったし…………)
 では本来その時間である時に、吉田が何をしていたかと言えば……まあ、そっとしといてあげよう。
 おかげで風呂に入るのもこんな時間だ。一緒に入ろうvと朗らかに言う佐藤は、別に先に入って貰った。……絶対に、入浴だけでは済まない予感がしたから。いや、予感では無くもう確信だった。過去の統計から導き出す、ほぼ確定の未来とも言えよう!
 さすがに引っ越し初日でそれはあんまりだ、と佐藤が思ってくれたのか違う理由があるのか、今日は引いてくれたけど。
(んー、でも明日もあるし、明後日も、し明後日も…………)
 佐藤と一緒に居るし。
 ずっと、一緒に居るし。
「………………」
 毎日じゃヤだけど、たまにならいいかなぁ……と、吉田は湯船に浸かってふにゃふにゃになりながら、思った。


 危うく逆上せそうになる寸前に、吉田は風呂から出る事が出来た。初日から醜態を晒す訳にいかない。
 浴室から出てみると、佐藤が居間で本を読んでいた。居間というか、キッチン脇の食事を取るスペースというか。とりあえず大まかに田という漢字を思い浮かべて貰って、右の上下四角がそれぞれの私室で、左側がキッチンやフロ等の共有スペースという訳だ。
「起きてたんだ」
 時刻は、そろそろ日付を変わろうとしている。
「ああ」
 と、本から顔を上げた佐藤は、言葉少なかった。自分みたいに緊張してるんだろうか、と吉田はふと思った。
 いつもなら、こんな時間。それぞれは家に帰っている時間だけど、今はここが「自分の家」だから。
 それでも、居間の時刻と一緒に居る相手が噛み合わなくて、慣れなくて。吉田は髪を拭くふりをして、顔を隠した。
「じゃ、じゃあ、俺寝るから!おやすみっ!」
 心持ち早い調子で言い、小走りに佐藤の前を過ぎようと……したのだが。
 がし。
「っわ、わあ!? 何? 何??」
 腕をがっしり掴まれて、吉田は佐藤の体に倒れこむように収まる。
「何って……吉田、それなんの冗談? 悪いけど、全然面白くないよ」
「? ????」
 もちろん、吉田は冗談なんて言った訳ではないし、それと勘違い出来そうなセリフを言った覚えも無かった。何もかもがさっぱりな吉田に、佐藤が言う。
「一緒に暮らしてるのに、なんで別に寝るんだよ」
「は………? …………え、っえ、えっ………えええええええええっっ!!!!
 一瞬きょとんとなった吉田がそのセリフに反応して叫んだ時には、すでに体は抱き上げられて部屋に向かっている最中だった。勿論、佐藤の。
 そしてベッドに到着。佐藤の。
「ちょちょちょ、ちょっと待てよ! 俺の部屋にもベッドあるのに! 勿体ないじゃん!!」
 何か論点がずれるような気がしないでもないが、一緒に横になる佐藤に、吉田はそう言った。
「ベッドって言っても、ソファベッドだろ? こっちの方が寝心地いいよ」
「なっ……!ソファベッドにすればいいって言ったの、佐藤だろ!? 部屋のスペース合理的に使えていいって言っ…………
 ………………」
 言いながら、吉田は気づいた。気づいてしまった。
「ま……まさか、まさか最初からこのつもりでっ…………!!!!」
 戦慄く吉田に、佐藤はにっこり笑って見せた。悪魔の笑みだった。
「間取りのせいで部屋の空間が等分じゃないしさー。俺も気を遣ったんだって。
 ほら、俺ってフェアプレイの精神だからv」
「何がだ――――!! 陰謀企ててばっかのくせに――――――!!」
「陰謀ってのは失礼だな。せめて恋の駆け引きくらいにしろよ」
「企んでるのは認めた! 企んでるのは認めた―――――ッ!!」
「ほらほら、もう寝ろよ。明日も片づけだろ」
 誰のせいで俺のが片付かなかったと思うんだ! と言おうとしたが、腕にむぎゅっ抱きとめられて「ふぎゃっ!」としか声が出なかった。
(ううう……もしかして、ずっとこんなんなのか……?)
 同居、早まったかも……と吉田は思うが、佐藤の腕に抱きとめられている時点ですでに手遅れで。
 その中でぐっすり寝てしまったのでは、自分から撤回するのも無理だった。




<終>